嫁「なんか、忘れられない映画って感じ…。きっと何年たっても一つ一つのシーンを覚えてるんだろうなって思った」
僕「シンプルに『おもしろかったね』とか『いい映画だったね』ってタイプではないけど、ただインパクト狙いの映画でもなかったと思うんだ」
嫁「うん。うまく言葉にできないけど、なにかを描き出したかったような気がする」
僕「そうだね…。たぶん、この映画は“若者の虚無感”を描きたかったんじゃないかな。」
嫁「虚無感?」
僕「うん。」
ベン
僕「最初に気になったのは、お金持ちのベンが上流階級仲間のパーティーで、あくびをしていたシーンなんだけどね」
嫁「あ!アクビしてたね。」
僕「こいつ、このパーティーを心からは楽しんでないんだなぁって思ったんだ」
嫁「そう言われてみればそうだね。ていうか、あのパーティー、観てて全然羨ましくなかったわ。『The うわべづきあい』って感じで。」
僕「そうそう。上流階級のパーティーってもっと楽しそうなもんだろうにね」
嫁「せやな。知らんけどな。」
僕「ベンの生活って、何不自由ない優雅な暮らしに思えるんだけど、もしかしたらベン本人は充実感を感じていなかったのかもしれないって」
嫁「あー、そうかも。精神的に余裕はあるけど、イキイキした感じではなかった」
僕「経済的には成功しても心が満たされていない、とかね。」
嫁「衝動的にビニールハウスを燃やすのも、その現れなのかな」
僕「うんうん、きっとそう」
嫁「いかにも、なにがしかの欠落や心の闇を抱えてそうな行動だもんねぇ」
僕「あと、何度もヘミとジョンスの地元の田舎に高級車を走らせて、ぼーっと景色眺めてたのも象徴的だったね。あんな富豪が、なんであんなに満たされていないんだろうって」
嫁「ヘミのことを考えてたのかなあ。彼女おるのに」
僕「ヘミって、ベンの生活の対極みたいな子だから、ついつい惹かれてしまうのかもね」
嫁「たしかに『The うわべ』のメンバーとは全然違うタイプの女の子だったよね。無邪気で、いきいきしてて」
僕「自分は経済的に成功しているはずなのに、なぜか毎日が虚しい。そんなときに経済的な豊かさとは違うなにかを追求してるヘミのような女の子がいたら、すごく魅力的だと思うんだ」
ジョンス
僕「ジョンスの虚無感についてはわかりやすいと思う」
嫁「彼はもう、満たされないとか言うレベルじゃないよね。お父さん逮捕されるわ、自分の仕事ないわ、小説も全然書けないし、女の子にはフられるし」
僕「下層社会の代表って感じだったね。人生もう詰んでる感。」
嫁「だんだんホラーじみたストーカーになっていくのも、彼の境遇の恵まれ無さが関係しているんだろうね」
僕「自分には幸せなんて手に入らないと思っていたからこそ、手に入りかけたヘミに執着してしまったんだろうね。明らかにやりすぎだけど、執着してしまう気持ちはわかるんだよなぁ…」
嫁「ほんまに、彼は恵まれない境遇よね。事件を起こさなかったとしても、彼が逆転して幸せになれるビジョンが見えないわ」
僕「必要最低限の生活の安定すらない、未来がみえないのがジョンスの虚無感だね。
さらに言うと、彼の『もう詰んでる感』は韓国の若者の閉塞感を表してるんだと思う。」
嫁「どういうこと?」
韓国の閉塞感
僕「韓国って、経済的にけっこういびつでさ。
少数の優良財閥企業と、大多数の貧困に苦しむ中小企業にキッパリ別れてて、両者の格差がすごく激しいんだ」
嫁「へ~、そうなんだね」
僕「しかも、財閥企業の採用は、日本以上に学歴重視」
嫁「じゃあ、受験勉強頑張る」
僕「うん、それでいい学校に入れば報われるかもしれない。でも、もし入れなかったら?」
嫁「え…」
僕「絶対にいい企業には入れず、中小企業は薄給。もう、その時点で『人生詰んでる』って思っても不思議はないよね」
嫁「そんな大げさな…。慎ましく幸せに暮らしたらええやん」
僕「それもそうなんだけどね…。でも韓国人は全体的に、体面を重んじるというか、自分も周囲も、その人がどんなステータスかをすごく気にするんだよね。」
嫁「私、以前韓国人の子とルームシェアしてたから、わかるよ。良くも悪くもプライドを大切にする風潮があるみたいだね」
僕「うん。だからそう簡単に諦められないし、うまくいかなかったときの絶望感も高いのかもね。
それに、借金を抱えていて、ささやかな生活すらままならない若者も少なくない」
嫁「えー、借金なんかするからいけないやん」
僕「うん、でも買い物やギャンブルだけが原因じゃないんだ。大学に行くために借金してしまったとか、不動産価格がものすごい高くて借金しないと部屋が借りれなかったとか。」
嫁「……。」
僕「格差が激しくて、一度負けると挽回が難しい。さらにその勝ち負けが自分自身の評価にすごく響いてくる。それって、けっこう生きてくのキツいよね。」
嫁「負け組と勝ち組が、すっごく別れてるんやね…」
僕「格差社会だね」
嫁「『パラサイト 半地下の家族』のラストをすごく思い出す」
僕「そうそう。まさにそれ」
嫁「あれ?じゃあ、ベンは勝ち組だよね?なんであんな憂鬱そうなん?」
僕「んー、あくまで想像だけど、韓国に生まれて、経済的な成功とステータスを求めてがむしゃらに頑張ったとしてさ」
嫁「うん」
僕「達成したらどうなるんだろうね」
嫁「うーん、…誇らしいけど、幸せとはちょっとちゃうなぁ。他人の評価を気にして頑張っても、本当の幸せは手に入らない気がする。」
僕「それがベンなんじゃないかな」
嫁「なるほどな」
僕「韓国の経済的にしてるせいで、勝ち組負け組に別れる格差社会化がさらに進んじゃって。
そのうえ過剰にステータスが気になる国民性とあいまって、若者にはすごく息苦しい社会になったのだと思う。」
嫁「ふーむ…」
僕「それでヘミは、『勝ち負けレースには乗らない!』と第三の道を模索してる若者の代弁者なんじゃないかなー。」
ヘミ
嫁「ヘミはねえ、なんか好きになられへんねん」
僕「え?なんで?」
嫁「最初の印象が悪かったかなあ。ベッドの下から、コンドームをサッって出したでしょ?『あ、この女普段から遊んでるな』って思った」
僕「いやでも、年頃の女の子なんだし、初めてじゃなくても不思議はないんじゃない?」
嫁「あれは手慣れ過ぎだよ。目で見なくても一発で捜し当ててたし」
僕「たしかに…。数ヶ月ぶりとかだったら、あんなすぐには取り出せないかも。」
嫁「体を許すのも早すぎ。偶然出会って、次にあったときやで?」
僕「えっと、昔から好きだったからとか…?」
嫁「なんか違和感があるんよね。前も話した気がするけど、韓国人って体許すのに結構慎重でさ」
僕「あれ?ヘミは逆じゃね?」
嫁「昔一緒に住んでた韓国人のルームメイトの子によれば『韓国の女の子は普通、つきあってから半年は体を許さない。韓国では日本人の女の子はすぐに関係持つって思われてる』って」
僕「そういえば以前そんな話してたね」
嫁「それ聞いたの10年以上前だから多少は変わってるかもしれないけど…。それでも韓国の常識からみると、ヘミは相当『緩い』子なんだと思う」
僕「なるほどなぁ…。」
嫁「他にもさ、猫の世話をジョンスに頼んでたとき、『この子どんだけ友達いないねん』って思ったんよね。こういう用事は普通だったら女友達に頼むんだよ。」
僕「た、たしかに。そういえば彼女の周囲の友人関係はいっさい描かれてなかったし…」
嫁「女視点でみると、あの子はなーんか避けたくなるんよね」
僕「まぁ、たしかに。男女関係に緩くて、天然で、同性の友達少なくて、お金に困ってるってなかなかの要注意人物。」
嫁「そうそう」
僕「実家に借金もつくってたのに、アフリカ旅行とかいってたしね」
嫁「あれひどいよな(笑)なんでアフリカいったんや!」
僕「ヘミもまた、満たされない人間だったんじゃないかな」
嫁「ん?どういうこと?」
僕「ヘミの生き方は、ずっと『自分を満たしてくれる何か』を探しているように思えるんだ。
特別な体験、人と違う道、そういったものに対する飢えみたいなものを感じる。」
嫁「なるほど…」
僕「僕には、SNSでリア充投稿をしたがる若者とだぶってみえる」
嫁「あー、わかる。なんかすごいわかる。特別を求めるって、逆に言えば『日常では満たされていない』ってことやもんな」
僕「まさに人生に飢えてる方の『ビッグハンガー』や」
嫁「あー、そんなんあったな」
僕「自由に天衣無縫で生きているようで、実は何をしても心が満たされることがないのがヘミ、あるいは韓国の今風の若者達なんだと思う。
経済的な不安定さゆえなのか、他人の評価から自由になりきれていないのか」
嫁「なるほどな」
僕「体を許すのが早いというか、“緩い”のも、その現れなのかもなー。自分の価値を感じたいとか、愛されたいとか。」
嫁「そういえばヘミさ、すっごくスタイル良かったやん」
僕「うん、綺麗な体だったねぇ」
嫁「韓国人ってな、みんなめっちゃスタイルいいねん」
僕「日本人が目にする韓国人が芸能人が多いからじゃない?(笑)」
嫁「ううん、そうじゃないの。韓国人は一般人でもスタイルがいい。何でかって言うと、韓国人って、外見差別がすごく激しいの」
僕「いや、日本だってイケメンやかわいい子は優遇されるやろ」
嫁「そういうレベルじゃないねん。日本では、不細工だからって差別されないやろ?」
僕「うーん、陰口言われるとか、恋愛とかではハンディはあると思うけど。」
嫁「でも日本だと基本的には『容姿だけで人を判断するのはよくない』って意識はあるやろ?韓国ではそういう意識が薄くて、当然のように外見で評価・差別されちゃうんや」
僕「うわ…韓国の女の子大変やな」
嫁「交通事故で顔に傷の残ってしまった韓国の女の子が、人生に悲観して、『日本なら顔の醜さで馬鹿にされないから』と移住した、なんて話もあるんやで」
僕「まじか、そんなひどいんか。」
嫁「ちなみに男子も、引き締まった細マッチョじゃないとすごく馬鹿にされるで。兵役もあるからみんなガタイいいしな」
僕「Oh…」
嫁「だから女の子は整形もするし、美容の意識高いし、みんなスタイル維持に必死になるねん」
僕「そういや昔に旅先で知り合った韓国人女子は、プールで躊躇なくビキニ姿になるくらいにはスタイルに自信持っててさー」
嫁「は?何そのエピソード?」
僕「ま、まあとにかく。序盤でヘミも『整形した』って言ってたけど、その辺の意識があったのかもね!」
嫁「絶対あると思う。ただでさえ、年頃の女の子にとってはルックスってプレッシャーやもん。そのうえ美しくなかったら露骨に下にみられるやろ。」
僕「そりゃ焦るわな。でも、自由に見えるヘミも、やっぱり他人の評価を気にする気持ちからは自由になれてなかったんだね…」
嫁「日本の女の子だって評価は気にするよ。でも、韓国はそのプレッシャーがもっと強いのかもね。生き方でも、実績でも、見た目でも、常に他人からの評価が気になるんだと思う」
僕「それは、生きづらいね…」
ラストシーンの解釈
僕「結局、この映画にでてきた3人はそれぞれ韓国の若者が直面している虚無感を表現していたんだろうね。」
嫁「負け組確定のジョンス、
勝ち組になったはずなのに充実感のないベン、
第三の道を選ぼうとしても満たされないヘミ、だね」
僕「でも、他人からの評価が気になる社会なんだとしたら、そうなってしまう気持ちはわかるなぁ」
嫁「日本でも他人事じゃないと思うよ。格差社会進んでるって言うし。
うちの子供たちには他人の評価ばかり気になる若者になってほしくないなって思った」
僕「せめて親の僕らだけでも、あるがままの彼らを肯定してあげたいよね」
嫁「それでさ、最後のシーンは、どういう意味だったんだろう?」
僕「うーん、さっき『三人ともそれぞれ満たされない』って言ったけど、実はその中でも差があってさ。ベンとヘミは、まだ心に余裕があると思うんだ」
嫁「ヘミはともかく、ベンは経済的には安泰だしね」
僕「ただ、ジョンスみたいな孤独な貧困層はやばい。満たされないし、救いがないし、社会に対して反感しかない。そのうち経済的にも精神的にも追いつめられていって、いつか限界を迎えかねない。
日本でも、冷凍食品に農薬入れた事件とか、通り魔事件とか、だいたいそんな若者が事件起こしたりしてるんじゃないかな」
嫁「そういわれみてれば…」
僕「追い詰められた若者は、いつか暴発する。そんな気持ちを込めているんだと思う。韓国の若者はどんな気分でこの映画観てたんだろう。共感する層も多かったんじゃないかな。」
嫁「そういえば、私がこの映画観たかったのも、職場の男の子が薦めてくれたからやねん。その子なんやけど、20代の独り身の子でさ」
僕「なるほど…」
嫁「世代が近いし、独身やし。うちら以上に、なにか突き刺さるものがあったのかもね」
僕「逆に考えると、僕らが最初この映画を観た時に突き刺さるほどの衝撃が無かったのは、実生活で十分に満たされて、焦りとも虚無感とも無縁だったからなのかもしれないね」
嫁「20代にこそ突き刺さる映画、なのかもね」