長いお別れ感想/違和感の正体は監督の経歴にあった?/それでも評価したい理由

この映画を観ている間に感じたのは、「なんだか感情移入しにくいな…」という戸惑いでした。

僕がけっこう登場人物に感情移入しながら映画を楽しむタイプなのですが、今作はどうもピンとこなかったのです。

なぜそうなのか、鑑賞中はわかりませんでしたが、ゆっくり考えてみてわかってきました。

映画に登場する家族が、僕のもつ『家族』のイメージと違いすぎるのです。

その違和感が極端に現れているのは、松原智恵子さんが演じたお母さんでした。

松原さん演じるお母さんは、まさに「かわいいお母さん」という表現にぴったりはまるような、上品で可愛らしく、とても魅力的な母親(あるいは妻)でしたね。

中野量太監督のインタビューでも「本当はもうちょっと飄々としたお母さんを脚本に書いていたんですが」「本来持っている松原さんの可愛さを活かしたお母さんにしようと思って変えたんです」と語っています。

魅力的なキャラクターであったことはたしかです。

ただ、「松原さんの飛び抜けた可愛らしさ」の副作用で、浮き世離れした印象になってしまったことも否めません。

コメディ映画や軽めの恋愛ドラマだったらそれでもいいのかもしれません。

(たとえば子供向けですが、映画『パディントン』に出てくるサリー・ホーキンスさんは似たような可愛らしいお母さんを演じていますが、うまく物語とマッチしていました)

ただ、認知症問題を取りあげたこの作品には、相性が悪かったのではないでしょうか?

さらに介護に対する姿勢も疑問があります。

『お父さんのお世話』以外の世界を持たず、それだけで幸せを感じる献身的な妻。

愚痴や不満を一言ももらさず、ストレスを感じる様子すらありません。

一昔前の世代だからと言えばそれまでですが、それにしたって男女平等な現代の夫婦観からすると違和感を拭えません。

介護って、もっとつらいものじゃないだろうか?こんなにも夫に尽くしている奥さんなんているんだろうか?

どうにも、しっくりこないのです。

同様に、二人の娘を演じた竹内結子さん、蒼井優さんにも同じことがいえます。

どちらもすばらしく魅力的な女優さんです。

竹内結子さんが旦那さんと和解し泣き出すシーンは最高にチャーミングだったし、蒼井優さんも悩める20代を魅力的に演じていました。

ただ、彼女たちの可愛らしいキャラクターが、認知症問題を扱うこの映画にマッチしていたかというと別問題です。

子育て世代の自分からみれば、長女にはアメリカで新しい家族を築いていく覚悟が足らず、現実を生きていないように感じます。
感情表現や、自分の身の振り方も、どうにも子供っぽいのです。

また、親の介護に関わるキツさを表現するポジションのはずの次女も、恋愛において高校生のような繊細さを発揮しています。
離婚歴のある男性と結婚を考える割に、子供と会うシーンを目の当たりにしただけで動揺して破局するのは、ちょっとどうかと。

どちらも、それが彼女たちの魅力でもあるのですが…。

監督のインタビュー記事を読んでみると、ますますその印象は強くなります。

この記事で、監督はそれぞれの女優さんについて、「どうやって女優の魅力を引き出すか」ばかりを語っており、『彼女らが認知症というテーマとどう絡んでいくか』という点については、いまひとつみえてきません。

どなたも日本を代表する立派な女優さんなだけに、現場で彼女たちの魅力を引き出す作業はとても楽しいものだったでしょう。

ただ、もしかたら、中野監督自身が「もっと彼女たちの魅力を引き出したい!!」と虜になってしまい、映画のテーマそのものとの相性が疎かになっていたのではないでしょうか。

中野量太監督はまだ、今作がメジャータイトルとしては2本目。
まだ日本を代表する女優さんの魅力にも慣れていないのでしょう。

無我夢中だった一本目はともかく、今作は当代きっての女優さんたちの底知れぬ輝きに当てられて、ついつい浮かれてしまったのでは…と邪推してしまいます。

そんなわけで、映画を鑑賞していても、いまひとつ現実感がなく、感情移入できなかったのです。

登場するみなさんがもとても可愛らしく、お互いを労る優しい性格ばかりで、逆に「こんな完璧家族いるだろうか…?」と疑う気持ちでいっぱいになってしまうのです。

そしてもう一点、認知症の介護のつらさがいまひとつ伝わらなかった点は惜しかったと感じました。

もちろん、汚物処理や、度重なる徘徊、万引きのシーンなど、認知症のつらさを描くシーンはいくつもありました。

ただ、周囲の人間が(特にお母さんが)それを苦にしてるようにみえず、どうにもそのストレスが伝わってこないのです。

介護って、こんな簡単なんでしょうか。

介護に携わったことのない僕には言う資格がないのかも知れませんが、もっともっと精神に負担をかけるようなものではないんでしょうか。

もっとも、自分が知っている認知症介護の作品が『恍惚の人』や『愛 アムール』など、インパクトが強く、考えさせられるものばかりだったから、そんな印象が強いのかもしれませんが…。

しかし、インタビューの中で監督が母子家庭で育ったことにふれているのをみつけたとき、はっとしました。

なるほど、もしかしたら彼は「夫婦」というものの生の姿を、ちゃんと知らないんじゃないだろうかと。

もちろん、父親がいなかったというだけで、夫婦の姿を描けないというわけではありません。

ただ、今回のように松原智恵子さんを「献身的で愚痴も言わない可愛らしいお母さん」として演出していく中で、「これはやりすぎかな?」という線引きをどこで引くのか、

いくらラブラブな夫婦といえど、時にストレスを感じ、時に冗談めかして愚痴を言うほうがずっとリアルです。

その匙加減が、彼の「家族の理想」に引っ張られてしまった可能性は十分にあります。

なんだか批判ばかりしてしまいましたが、もちろん評価すべきポイントもあります。

個人的には、人工呼吸器をどうするかの決断を、あえて曖昧にして映画を終えたシーンが、とても優しいなと思いました。

この映画を観た方の中には、実際にご家族の最期に立ち会い、悩みながらどちらかの決断を選んできた方もいらっしゃることでしょう。

映画の家族がどちらかを選んでしまったら、過去にもう片方の選択肢を選んでしまった観客は後悔に苛まれるかもしれません。

だからあのシーンは、どちらの決断も否定しない、とっても優しいシーンに思えました。

そしてもうひとつ、さっき書いたことと矛盾するようですが、

こんな“重くない”認知症映画があってもいいとおもうのです。

さきほどあげた『恍惚の人』(小説)や『愛 アムール』(映画)は認知症患者の周囲の苦悩を描いた、非常に考えさせられる名作です。

僕の大好きな作品なのですが、どうしても精神へのインパクトが強すぎて、気軽にはオススメできない難しさがあります。

特に『愛 アムール』を鑑賞後は、30分くらいは活動不能になること請け合いです。。

その点、この映画なら、軽く楽しめます。

そして、これから認知症問題に携わっていくだろう人たちも、「こういう道を辿ればいいのかな」と、幸せな結末を思い浮かべることができるのです。

たしかにこの映画は、理想的な家族すぎて、リアリティに欠けるかもしれません。
介護のつらさを表現し切れていないかも知れません。

でも、リアリティを追求し、苦悩を克明に記すだけが全てではないでしょう。

ときには、甘く優しくて、希望を感じさせることも大切じゃないでしょうか。

そういうときは、ゆーっとするんだ

そう、この映画は思い悩むための映画じゃないのです。

人生には、リラックスだって必要です。

きっとこの映画は、ゆーっとするための映画なのです。

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