映画『グッドフェローズ』はどれくらい実話か調べてみた/ネタバレ解説

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映画の冒頭で「この物語は事実に基づく」という説明がありましたが、どらくらいのところまで事実だったのでしょうか。
色々と調べてみたら思った以上に実際のエピソードとリンクしていて、なかなか興味深かったです。

主人公 ヘンリー・ヒル

ヘンリー・ヒルは実在のギャングです。
11歳の時からマフィアの使い走りをはじめ、その後ギャングスターとして名を馳せ、最後は司法取引で組織を裏切りました。
彼の半生を描いた小説が、映画の元となった『ワイズガイ』です。

母親にはシチリアの血が入っていました。
父親はアイルランドから移住して苦労して生計を立ててきたため、よく「アメリカの子供は甘えている」と言っていたそうです。
12歳の頃には家の向かいの地元のギャング、ポール・ヴァリオ(映画の“ポーリー”ことポール・シセロのモデル)のファミリーの下働きなどをしてチップをもらっていました。その頃には大人顔負けの金を稼いでいたそうです。
あの映画は細部にわたってかなり忠実に彼の半生を再現していたんですね。

このころ、“ジミー”ことジェームス・バークにも出会います。ジミーの気前のいいチップ払いに驚き、後にこう述懐しています。

“彼はチップに10ドル札を出しまくるんだ。はい20ドル。そこにも20ドルってね。こんな人には今まで出会ったことがなかったよ”

幼い彼がギャングスターに憧れを抱いてしまったのも無理はないでしょう…。

そのうちに彼は高校を中退し、本格的にギャングの道を歩き始めます。彼の最初の“仕事”は放火でした。ポール・ヴァリオはタクシー乗り場も経営しているのですが、そのライバル店の車を次々と燃やしていったのです。
(映画に登場する放火のシーンですね!)

彼は16歳の時、初めて警察に逮捕されました。そのとき警察は彼に「正直に話せば執行猶予をつけてやる」と司法取引を持ちかけましたが、彼は自分の名前以外は頑として口を割りませんでした。
この姿勢で彼はギャング仲間から「信頼できる奴だ」と賞賛を受け、とりわけジミーは彼を大きく評価しました。
世間的には「不良」「落ちこぼれ」だった彼が、一身に賞賛を集めた瞬間でした。

カレンと恋仲になり、後に結婚。両親に反対されていたり、ユダヤ教に回収したフリをしたり、両親と一緒に住んでいたのも史実の通りのエピソードです。

ポール・ヴァリオの言いつけを守らず麻薬取引に手を出し、結果的にそれが原因で逮捕されてしまったのも映画の通り。
映画では家政婦が家から電話をかけたことが決定的な証拠のように描かれていましたが、実際はヒル本人のものを含め何千もの会話を証拠として録音されていました。

その後いったん保釈されますが、ジミーから「フロリダで仕事をしてほしいんだ」と言われ、身の危険を感じ警察に出頭。ルフトハンザ強奪事件等の証人になることで自分の身の安全を確保してもらいました。
彼の証言をもとに、ギャング達には50もの有罪判決がくだされたそうです。

“ジミー”ことジェームス・バーク

彼も実在のギャング。ポール・ヴァリオの友人であり同僚です。

中でもトラック強奪を得意としていました。この時代、運輸業の組合の中心人物がマフィアだったため、強奪は当たり前のように行われていました。

たいていトラック運転手とは事前に話が付いており、怪我をさせることなく荷物を持っていき、かつ運転手には常にお礼として50ドル札を渡すことから「ジミー・ザ・ジェント(紳士のジミー)」というあだ名で呼ばれていました。スマート!

警察官も手懐けており、ヘンリー・ヒル曰く「動物園のゾウに餌をあげるように」賄賂を渡し、また警察もそれを欲しがったと言います。

映画ではデ・ニーロのスマートなイメージが強いですが、
実際には、平気で人を殺し、仲間が怖れるほど凶暴な武闘派だったとされてます。
ヘンリー・ヒルは「彼はディナーでは世界で一番のナイスガイとして振る舞ってあっという間に信頼を得て、デザートの時に平気で相手の頭を撃ち抜くんだ」と述べています。

1962年、彼は妻ミッキーと結婚することを決めました。だがある日、ミッキーが元カレに執拗につきまとわれて困っていることを知って激怒します。

ジミーとミッキーの結婚式の日、某所の車中で死体が発見されました。それは10数個に“分解”された元カレでした…。

実は不幸な生い立ちであり、2歳で捨て子になった後、10数人の里親や孤児院をたらい回しにされたり、虐待も経験していました。
13歳の時には、運転中の養父が後部座席の彼を殴ろうとしてハンドル操作を誤り事故死。養母はジミーを恨み、ジミーが家を去るまで日常的に彼を殴っていたといいます。
僕の友人の教師の「素行の悪い生徒はたいてい家族関係に問題があった」という言葉を思い出します。

ルフトハンザ強奪事件の主犯ですが、警察の捜査が及ぶや次々と関係者を殺害していきました。

後にヘンリー・ヒルが供述したことで、殺人容疑で逮捕されました。
映画「グッドフェローズ」で自分の役にデ・ニーロが配役されたことを喜び、獄中から彼に電話をかけ、いくつかの演技上の指摘をしたと言われています。

1996年、逮捕から14年後、胃癌により獄中で死去。

“トミー”ことトーマス・デシモン

映画ではトミー・デビート。15歳でポール・ヴァリオのファミリーの一員として働きだし、詐欺、強盗、殺人などの悪事に手を染めました。

非常に激しい気性で怖れられていて、“Two-Gun Tommy”や“Animal”とも呼ばれていました。
映画であったドリンクを運んできた青年を撃ち殺したシーンや、「まだ靴を磨いているのか?」と挑発してきたマフィアを撲殺したシーンまで事実そのままなのです。
挙げ句の果てには「新しい銃を試したいから」という理由で犠牲になった人間もいると言われています。頭おかしい。

強盗を行うときは、銃を茶色い紙袋に入れて持ち歩いていました。まるでサンドイッチのように抱えて通りを歩いていたそうです。

結局、因果応報、映画同様に彼が殺したマフィアの仇討ちで殺害されてしまいます。

性格面では史実の通りですが、登場人物の中では珍しく、映画化に際していくつか大きな変更が加えられています。

まず年齢。映画ではヘンリー・ヒルと同い年とされていましたが、現実ではヒルより6歳年下で、殺された時点でまだ28歳でした。
また体格も大きく違い、実際には身長188センチ体重100キロの屈強な男(!)でした。

これらはジョー・ペシを配役するための変更と考えられます。
彼は身長163センチと小柄ながら、甲高いかすれ声と特異な存在感で“怪優”とも言われ、当時マフィア役で頭角を現していました。
この配役が功を奏し、彼はトミー役で見事アカデミー助演男優賞を受賞しました。
(個人的にはホームアローンの泥棒役で思い出深いです)

現実ではヘンリー・ヒルの友人はポール・ヴァリオの息子でしたが、その部分もトミーが担うよう変更が加えられています。(レストランでダブルデートするシーンとか)

“ポーリー”ことポール・ヴァリオ

映画ではポール・シセロと名前を変えられていました。ニューヨーク5大ファミリーのひとつ、LucceseファミリーでCaporegime(幹部)を努めていたマフィアです。

参考:マフィアの組織図。ヘンリー・ヒルやジミーはAssociatesにあたる。

早くから悪の道を歩き始め、初の逮捕はなんと11歳
身長190センチ、体格250ポンド(113キロ)以上の巨体が醸し出す威圧感だけでなく、ジミー・バークら武闘派を配下に多数擁していることから周囲に怖れられる存在でした。

映画では「寡黙で慎重」という印象でしたが、実際にはやはり暴力的な気性で怖れられていました。
ある時、レストランで食事をしていたところ支配人が彼の服にワインをこぼしてしまい、さらに慌てて汚れた雑巾で拭おうとしたせいで激昂して襲いかかります。支配人はキッチンの奥に逃げて立てこもり、周りの従業員の手助けもあって難を逃れたのですが…。
しかしその日の夜、金属バットで武装した男たちが車二台で押し寄せ、店を襲撃したそうです。

映画にもあったように、警察の盗聴を警戒して自宅電話をおかず、常に公衆電話を利用していました。
花屋、バー、レストラン、タクシースタンドなどのいくつもの合法的な事業も経営しており、一日の稼ぎは25,000ドルにものぼったと言われています。

一方、麻薬取引は配下のメンバーにも禁じており、禁を破ったヘンリー・ヒルには後に破門を言い渡します。彼に破門を言い渡したときには、目に涙を浮かべていたそうです。

結局ヘンリー・ヒルは「自宅電話」を証拠として「麻薬取引」で逮捕され破滅していったわけですから、皮肉なもんですね。

余談ですが、彼を演じた俳優は、彼の“感情のない表情”を演じるのに非常に苦労したそうです。

ルフトハンザ強奪事件

映画の中で出てきた「ルフトハンザ強奪事件」は1978年12月に発生した実際の事件です。
映画のモデルとなったジミーが率いる一味が、独ルフトハンザ航空の貨物庫から現金500万ドルと100万ドル相当の宝石類(現在の価値でおよそ24億円)を奪い取ったのです。

40年近く前の海外の事件なので日本での知名度は高くありませんが、アメリカでは当時の史上最高額の強奪事件でもあり、その後の血みどろの展開からも注目度の高い事件のようです。

映画では、警察に犯人がバレる経緯も描かれていました。
トラックを隠蔽する役目を負ったはずの黒人スタック・エドワードが「マリファナをやって彼女とアパートで楽しんでいた」せいで警察に露見してしまったーーこれも、そっくり現実そのままです。

さらに言えば、エドワードを殺害したのがトニーだという点も一緒です。彼は消音銃でエドワードの頭部に6発の弾丸を撃ち込みました。
なお、トニーはエドワードと十代の頃からの親しい友人だったそうですが、あまりの失態に失望と怒りを感じていたとか。

その後、ルフトハンザ強奪事件に関わったメンバー達が次々と消されていく展開も、事実そのままです。ある者は停車された車の中で二人並んで殺されており、ある者はゴミ箱の中に遺体が隠されました。
(もっとも、あれだけ印象的なシーンになったのは監督の力量でしょうが。)

驚くべきことに、前代未聞の強奪事件を起こし、これだけのメンバーを殺しておきながら、首謀者のジミー(ジェームス・バーク)どころか、全く逮捕者は出なかったのです。

もちろん、後に司法取引をした(=主人公)らの証言や状況的に、実際に手は下していないにしてもジミーらが実行犯であることは確実視されています。

しかし、彼が関わった証拠がないのです。
司法の原則は「疑わしきは罰せず」。いくら怪しくても、証拠が出てこない限り法で裁くことはできないのです。
(ジミーの逮捕はルフトハンザの事件とは別件の殺人事件によります)

それどころか、他のメンバーも誰一人逮捕には至っていません。
2014年、事件から36年もたってからようやくビンセント・アサロ氏がルフトハンザ強奪事件の容疑者の一人として逮捕されました。しかし、裁判の結果証拠不十分で無罪釈放。
おそらく今後はもう、事件の罪を問われることはないでしょう…。

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