『サウンドオブミュージック』が実話って知ってた?本人出演も!

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言わずとしれた名作、サウンドオブミュージック、 この映画が実話だって知ってました!?
しかも映画の中に本人が登場してるって!

知っている人には「当たり前でしょ!」ってツッコまれそうなのですが、正直僕初めて知りました。
マリアもトラップ大佐も実在の人物で、みんなで合唱団をつくり好評を得るのも、ナチスへの抵抗から亡命するのも、全部実際にあったことだとか。へー!

それよりも、調べてみてびっくりしました。マリアたちの生涯は映画よりもはるかに波瀾万丈だったのです!!





サウンドオブミュージックのモデル、トラップ一家の物語

1911年 ゲオルグ、最初の妻アガーテと結婚

トラップ大佐こと、ゲオルク・フォン・トラップはアガーテ・ホワイトヘッドさんと結婚します。
1914年~1918年の第一次世界大戦を挟みつつも(ゲオルクはオーストリア海軍の英雄として大活躍した)、11年の結婚生活の間で7人の子供に恵まれます。
ゲオルクさんすごいな…。

なお、映画とは子供の順番や名前が違っています。
マリアと再婚した時点で
長男ルーペルト 16歳
長女アガーテ 14歳
次女マリア 13歳
次男ウェルナー 12歳
三女ヘートウィク 10歳
四女ヨハンナ 8歳
五女マルティーナ 6歳

一番上が男の子だったんですねー。
まぁ、「もうすぐ17歳」を高校生男子が歌っても絵にならないもんな。

なお、長女が今の奥さんと一緒の名前、次女が次の奥さんと一緒の名前です。ややこしいな!
映画で名前変えちゃったのも仕方ないですねー。

1919年 ゲオルク、海軍退役。

ゲオルクは数々の戦功をあげ、魚雷鑑の艦長→潜水艦艦長→潜水艦基地の指揮官と出世を重ねます。

装甲巡洋艦とか撃沈してたりガチでオーストリア海軍の英雄だったようです。

もらった勲章も以下の通り。

  • マリア・テレジア軍事勲章騎士十字章
  • レオポルト勲章騎士十字章
  • プロイセンの一級鉄十字章
  • オットー戦功章
  • カール勇猛章

すごいな!うちの親父は勤続30年くらいしかもらってないぞ!

しかし、彼は海軍を退役します。それはなぜか?

第一次大戦で領土を失い、オーストリアに海がなくなったからです(どーん)

…それは……しゃーないな(ーー;

ちなみに退役時は小佐です。史実では「トラップ小佐」です。なんで大佐にしたんだろ、箔をつけたかったのかな?
退役した彼はドナウ川沿岸の水運会社を共同設立したそうです。

1922年 妻アガーテ死去

長女アガーテの猩紅熱を看病していた妻は、直後に同じ病気にかかり32歳の若さで命を落とします。

なお猩紅熱とは、いわゆる溶レン菌(溶血性連鎖球菌)による病気の一種です。
今ではペニシリンなどの抗生物質で治療できるのですが、ペニシリンの発明は1928年。当時は手だてがありませんでした。

1926年 マリアが家庭教師としてトラップ家へ赴く。

映画ではここから始まりますね。史実ではいくつか違いがあります。

  • マリアはおてんばが原因で派遣されたのではなく、修道院の暮らしになじめず体調を崩し、辞めたあとに紹介された。
  • 七人全員の家庭教師ではなく、体が弱く学校を休みがちだった次女と幼い四女のため。
  • 映画前半ゲオルクは非常に厳格に描かれているが、実際はとても優しい人格者だった。
  • 亡命するのは結婚の11年後。

けっこう違いがありますねー。
特にゲオルクの描かれ方には家族から大きな反発があったそうで、実際のトラップ一家は映画に否定的なイメージを持っているそうです…。

亡命時期が結婚直後になってるのは、映画の展開上の都合でしょう。

なお、マリアが元々歌が大好きで、子供たちと歌や遊びを通じて仲良くなったのは史実と同じだそうです。
よかったよかった(^^)

1927年 ゲオルクとマリアが結婚。

結婚は史実でも早いんだね!!
ゲオルクは当時47歳、一方マリアは修道院出の22歳…。

ゲオルクさん、ガチで英雄です。

その後、二人の間にはさらに3人の子供に恵まれます。

もう一度言います。

ゲオルク兄貴は俺たちのヒーローです。

1933年 オーストリアを金融恐慌が襲う

オーストリアを金融恐慌が襲い、ゲオルクの友人が経営する銀行もピンチに陥ってしまいました。
また、その銀行の共同設立者は亡妻の兄弟でもありました。

友情か義理人情か、ゲオルクは、イギリスの銀行に預けていたトラップ家の資産をほとんどその銀行に投入します。
さすがゲオルク兄貴ー!かっこいいぜー!

しかし、あえなく銀行は倒産してしまい、トラップ家は破産してしまいます。

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意気消沈したゲオルクに代わって、マリアが「こうなったら稼ぐんや…!」精力的に動き出します。
屋敷の空き部屋を神学生に貸し出したり、生計の足しにと各地の催しで家族の歌を披露したりします。

なるほど!史実ではこんな風にトラップ合唱団が出来上がっていったのですね。
それにしてもマリア、頼りになる奥さんです。

golf

実際もこれくらいたくましかったのです。

幸運にも、宿舎つきの神父フランツさんがローマで教会音楽を学んだ聖歌のプロフェッショナルでした。
兄弟は彼の歌の指導を受けることでどんどん実力を付けていきます。

1935年 ザルツブルグ音楽祭で優勝。

トラップ家はとうとう、ザルツブルグ音楽祭の大衆歌手コンテストで優勝しちゃいます。メンバーはマリアと兄弟姉妹。

あれ?ゲオルク兄貴は!?

※ゲオルク兄貴は実際には歌わないようです

それにしても、僕は映画に出てきたみたいな大衆音楽祭や町のお祭りみたいなものを想像していたんですけど、念のため調べてみたら

ザルツブルク音楽祭は、オーストリアのザルツブルクで毎年夏に開かれる音楽祭。モーツァルトを記念した音楽祭として、世界的に知られている。ウィーン・フィルを始め、世界のトップオーケストラ、歌劇団、指揮者、ソリストが集い、世界でもっとも高級かつ注目を浴び規模でも世界最大の音楽祭の一つである。

wikipedia ザルツブルグ音楽祭より

格 が 違 う …。

「ザルツブルグ音楽祭」で検索すると候補に「ザルツブルグ音楽祭 服装」って出てきました。アレですか。ドレスコードとか必要な奴ですか。

いや~、大衆歌手部門とはいえ、優勝するなんて本当にスゴかったんですね!
これ以降トラップ一家は人気を博し、「トラップ室内聖歌隊」としてヨーロッパ各地でコンサートをして回ったそうです。
一家破産からの歌で復活とかドラマですよ!!
そうなんや…、サウンドオブミュージックは本当は立身出世物語だったんや…。

1938年 オーストリアがドイツ併合。トラップ一家亡命。

よう~やく、映画の山場にあたるトラップ一家の亡命ですね。

でも実際には

長男ルーペルト 27歳
長女アガーテ 25歳
次女マリア 24歳
次男ウェルナー 23歳
三女ヘートウィク 21歳
四女ヨハンナ 19歳
五女マルティーナ 17歳

…うん!!時代流れちゃったね!すでにみなさん大人だよね!
一番下の妹ですらもう「私は16歳」歌えないっていう。
史実通りにやってたら役者が総入れ替えになって観客がパニックに陥ってたことでしょう(笑)

なお、さらにこれにマリアが産んだ2人の子供もいて、さらにもう一人妊娠中です。カオス。

ドイツに併合されたものの、ゲオルクはナチスの旗を飾ることを拒否し、またドイツ海軍からの召集も拒否します。さらにアドルフ・ヒトラーの誕生日パーティーで歌えって言われて激怒します。
…でも「だが断る」って言うのもさすがにそろそろやばい。彼らは一家で亡命することにしたそうです。

映画の屋敷から脱出するシーンで、今まで影の薄かった執事が窓からじっと眺めていたカットがあるのを覚えていますか?

実は、史実においてもトラップ家の執事ハンスは併合前からナチス党員だったのです!
彼はオーストラリア併合前から、ひそかにゲオルクを監視するようナチスからされていたのでした!
こ、この裏切り者…っ!!

…と、思ったら、実際にはもう少し複雑な関係のようです。

オーストリアがドイツに併合されるニュースが流れた日、
ハンスは自ら全てを一家に告白し、主人に対し、今後自分の前でナチスを批判しないように頼んだのです(報告の義務があるから)。
また、「まもなく国境が封鎖されるから早く脱出したほうがよい」と進言するなど一家の身も案じていたようです。

ハンス…悪い奴じゃないんやな…。
登場シーン少なくて「誰?」ってなってごめんな…。

今でこそナチスの非道さを皆が知っていますが、当時は知る由もありませんしね。
それにドイツに併合される前のオーストリアはどちらにしろ独裁国家だったので、ナチスに希望を感じたハンスを責められません(´・ω・`)

さて映画では山越えでスイスに亡命していましたが、実際には汽車による亡命でした。山を舐めるな。(byうちの親父)

その後、イタリア→スイス→フランス→イギリス→アメリカと移動します。
各国を転々となにしろ亡命ですから、5~6週間くらいしか滞在ビザをだしてもらえなかったんですねー。
難民問題みたいなもんですね。

その間、金銭的には相当苦労したようです。
貴族のような生活から、一転貧乏人中の貧乏人へ。
なにしろわずかな財産だけ持っての逃亡生活ですから困窮する一方ですし、働こうにもよその国から流れてきてすぐに立ち去らなければいけない彼らには、任せる仕事なんてありません。
マリアの結婚指輪、ゲオルクのマリア・テレジア軍事勲章騎士十字章まで質に入れたそうです。

この一家の人生はアップダウンが激しすぎるだろ…。

1940年 大手プロダクションがプロデュース。

しかし今回も彼らは自分たちの歌によって道を切り開きました。
アメリカでも徐々に歌で人気を得ることができ、1940年には大手プロダクショがプロデュースを引き受けてくれました。

なおその時に

名前が辛気くさいから、今日から『トラップファミリー聖歌隊』じゃなくて『トラップファミリー合唱団』でヨロシク~♪」

と改名させられ、曲目も聖歌中心からフォークソング中心へとシフトさせられます。

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「稼げればいいの!」

なお、当時の音源は今でも入手可能です。
実際のトラップファミリーの歌声を聞くことができます。

1947年 ゲオルク死去

コンサートツアーの途中、ゲオルクは体調を崩してニューヨークで入院。
その後バーモント州の自宅で静養するが、肺ガンのため67歳で亡くなりました。

映画では軍隊式で厳格な父として描かれていましたが、むしろ勝ち気なマリアを優しくなだめたり、トラップ合唱団の本当のまとめ役は彼でした。

マリアは、自分たちが映画化される際に、事実を脚色することには拘りませんでしたが、彼が横暴に描かれたことだけは強く抗議しました。

この時マリアはまだ42歳。
年の差はわかっていたこととは言え、この年で伴侶を亡くすのはつらかったろうなあ…

1949年 自伝出版

マリアが1949年に自伝『トラップ・ファミリー合唱団物語』を出版し、これがベストセラーになります。

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「本も金になるのね!」

さらにマリアは続けざまに
1952年に『ある家庭の聖書研究』
1955年に『トラップ一家の一年』
などを出版します。

1956年 映画化

自伝の人気も手伝い、ドイツの映画会社が映画化権とそれに関する権利を9000ドル(現在の100万ドルくらい)で買い取ります。

ところがこれは失敗でした。

収入を必要としていたマリアは映画に関する全ての権利を売ってしまったため、トラップ一家は映画が空前のヒットを起こしても、それ以上の利益を受けられなくなったのです。
もし自分たちに権利を残していれば今頃億万長者だったろうに…。

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「アハハ~ もうどうにでもなれ~」

そして制作された映画が、この

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「菩提樹」です。

え!? なにその映画!!!Σ( ̄■ ̄;

実はトラップ一家をモデルにした映画はドイツで作られたこの映画が最初なんです。サウンドオブミュージックではないんですね…。
ドイツ語だし、ミュージカル調でもありません。

ちなみにこの邦題は劇中に登場するシューベルトの曲目から取られているそうです。もうちょっとなんとかならんかったのか。菩提樹て。

この映画があるからか、ドイツのオーストラリア併合を描いたストーリーがドイツ人には受けないと判断されたのか、ドイツでの「サウンドオブミュージック」の知名度は意外と低かったりします。(ドイツ人の友人一人に聞いただけだけどな!)

なおこの菩提樹もけっこう人気を博していて、DVD化もされており、今でも観ることができますよ。
歌声も素晴らしく、サウンドオブミュージックより史実に近いとの評判です。

再び映画化

そしてトラップ一家は1958年、再び映画化されます。

今度は待望の…

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『続・菩提樹』です。

またかよ!!!Σ( ̄■ ̄;

なお、『菩提樹』はアメリカに亡命するまで、『続・菩提樹』はサウンドオブミュージックでは描かれなかった亡命後のアメリカでの困窮と苦難との戦いを描いております。

1959年 ミュージカル『サウンドオブミュージック』公開

アメリカのプロダクションがその映画の権利をさらに買い取ってミュージカルをつくることにしました。
当初はトラップファミリー合唱団の実際の演目を使う予定でしたが、そのアイデアを捨てて完全オリジナル曲でミュージカル化しました。

映画で有名な「ドレミの歌」「もうすぐ17歳」「エーデルワイス」「ひとりぼっちの羊飼い」など数々の名曲を生みました。

初演当初は批評家から「古くさい」などと酷評されたりもしましたが、観客には受け入れられ、大好評でした!

1965年 映画『サウンドオブミュージック』公開

ミュージカルのヒットを受けて作られ、ついに映画サウンドオブミュージックがつくられました。
公開されると空前の大ヒットとなり、アカデミー賞でも作品賞をはじめ5部門を受賞。(監督賞、編集賞、編曲賞、録音賞)

実は当時の20世紀フォックスは巨額の資金をつぎ込んだ超大作「クレオパトラ」の歴史に残る大コケで倒産の危機に瀕していました。
どれくらいかっていうと、制作費4400万ドル(現在だと300億円以上)かけて半分しか回収できなかったくらい。なにこれひどい。

(正確にはかなりのヒットで興業収益もあげたけど、それを大幅に上回る制作費をかけてしまったようです。誰か止めろよ

しかし「サウンドオブミュージック」の想定外の歴史的大ヒットにより、21世紀フォックスは奇跡的な復活を遂げたそうです。
トラップ一家、苦境からの脱出に縁がありすぎです。

なおこの映画、ワンシーンだけマリア本人が登場しています!!

物語序盤、マリアがトラップ邸を訪れる時の、街の中です。

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アーチ型の下を民族衣装を着てあるいているのが、マリア本人、7番目の子供ローズマリー、次男の子供のバーバラです。

拡大するとわかるかな?

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その後…

その後のトラップ一家はどうなったのでしょうか。

マリアが産んだ二人目の子供(家族の9番目の子供)ヨハネスは、アメリカ・バーモント州のトラップ一家が暮らした家を「トラップ・ファミリー・ロッジ」として経営しています。
今でも数多くの観光客が宿泊し、映画やトラップ一家の思い出を楽しんでいます。

次男ウェルナーの娘(マリアとゲオルクの孫)であるエリザベス・トラップ(Elisabeth von Trapp)はフォークシンガーとして活動しています。

彼女が産まれて2年ほどで「トラップ一家合唱団」は活動を終えていましたが、父親の歌とギターに親しみ、トラップ一家の歌と音楽に囲まれながら育った彼女は、自然と音楽を生業とするようになりました。

若い頃は結婚式や教会のゴスペル演奏、タウンホールでの演奏などをして暮らしていましたが、今ではCDを出すなど立派なアーティストとして活躍しています。

次男ウェルナーの4人の孫(マリアとゲオルクのひ孫たち)もVon Trapp Childrenとして活躍しています。
七光りかと思ったらちゃんとうまかったよ!!

小さな頃からトラップ一家譲りのすんだ歌声を世界中で披露しており、成長してからはThe von Trappsと改名し、4人での活動を続けています。
(記事によってはThe von Trapp Singersというグループ名だったりしますが、公式サイトによるとThe von Trappsが正解のようです)

現在でもトラップ家は、歌と音楽に関わり続けています。

映画を越える激動の人生を終えたマリアは、1987年3月28日、静かに息を引き取りました。
ゲオルクに先立たれて40年後、82歳でした。

年表
1911年 ゲオルグ、最初の妻アガーテと結婚
1919年 ゲオルグ、海軍退役。
1922年 妻アガーテ死去
1926年 マリアが家庭教師としてトラップ家へ赴く。
1927年 ゲオルクとマリアが結婚。
1933年 金融恐慌により破産。生活のために歌を披露しだす。
1935年 ザルツブルグ音楽祭で優勝。
1938年 オーストリアがドイツ併合。トラップ一家亡命。
1940年 大手プロダクションがプロデュース開始。全米でも人気を博す。
1947年 ゲオルク死去
1949年 『トラップ・ファミリー合唱団物語』出版。ベストセラーに。
1955年 『トラップ一家の一年』を出版。
1956年 映画化権を映画会社に売却。『菩提樹』公開
1958年 『続・菩提樹』公開
1959年 ミュージカル『サウンドオブミュージック』公開
1965年 映画『サウンドオブミュージック』公開
1987年 マリア死去
1991年 世界名作劇場にて『トラップ一家物語』放映









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