チョコレートドーナツの予告編と実話詐欺がヒドいって話。ネタバレ感想

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choko
なにがヒドいって予告編だよ!
この映画自体の評価はさておいて、あの予告編はダメです。
映画自体は決して駄作ではないのですが、ただ、あんな幸せ溢れる予告編を流しておいてこの展開はないだろヽ(`Д´)ノ

あらすじ

1979年カリフォルニア、歌手を目指しているショーダンサーのルディ(アラン・カミング)と弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)はゲイカップル。 母親に見捨てられたダウン症の少年マルコ(アイザック・レイヴァ)と出会った二人は彼を保護し、一緒に暮らすうちに家族のような愛情が芽生えていく。 しかし、ルディとポールがゲイカップルだということで法律と世間の偏見に阻まれ、マルコと引き離されてしまう。

45点

とにかく予告編に文句を言いたい

まずはこの(↑)予告編を観てほしい。

つらい境遇の中、ピュアな笑顔をみせるダウン症の少年。いびつだけれど幸せいっぱいな家庭。ほんとハッピーな予告編ですよ。
だからそんな映画だと思ってた!!思ってたのに!!!

土曜日の夜とかにですね、嫁と二人で「今日はどんな映画を観ようかな、ハッピーな気持ちになれる映画がいいなあ♪」とかキャッキャウフフしてたわけですよ。

僕「そういえば『チョコレートドーナツ』とかいういかにもスイーツなタイトルの映画があったなー」

嫁「あ、この前予告編観たやつだ!観る観るー!(^^*)」

なんて盛り上がって、いざ観てみたら

超絶バットエンド。

もうね。衝撃をうけましたよ。予想外過ぎ。
嫁、ボロボロ泣いてた。鼻水垂れてた。

なんなんだよ、この救いのない結末。ひどいよ…。orz
衝撃的な展開の映画が悪い訳じゃないし、バッドエンドの映画だって評価しています。(僕はわりと「ダンサーインザダーク」が好きです)

ただね、ハッピーな映画と見せかけてのコレはひどい。
こんな展開ならなんとなくそれっぽく注意喚起してくれよ…。一種の予告編詐欺ですよ。

どう例えたらいいんだろ。ディズニー映画観てたらプリンセスが死亡ENDだった、みたいな?

まぁ、当時の同性愛者への偏見の冷たさや、ダウン症患者への扱いのひどさを知るには、こういった荒療治は必要だったのかもしれません。確かにものすごい「爪痕」を残すことには成功しました。
それに最後の「手紙」を読んだシーンで、検事局の元上司のショックを受けた表情を考えると、あれがある意味での「救い」かもしれないな、とは思いました。

そもそもこの「チョコレートドーナツ」があまりメジャーな映画ではなく、わざわざ観ようと言う人自体が少ないから問題にならないってのもあるでしょう。よっぽど映画好きじゃないと出会えない映画ですしね。予告編を観た人自体もずいぶん少ないんでしょうし…。

それに、僕らが小さな子供を育ててる真っ最中で、とりわけ子供ネタには涙腺が弱いというのもあります…。(子供産まれるとホントに涙腺弱くなるんだね…)

でも!それでも!こうやって予告編観て無邪気に映画観ちゃう奴もいるんだってわかってくれよう!
ハッピーな予告編で釣っておいて突き落とすなんて、観客に対する裏切りです。
すっかり我が家のトラウマ映画になってしまいました…(´・ω・`)

映画自体はどうだったのか?

実際、映画自体には観るべきところが多かったです。

マルコ役に本物のダウン症の少年アイザック・レイヴァを起用していました。
本物のダウン症患者だからこそ(と言う表現は不謹慎なのかもしれませんが)ピュアさと存在感のある希有なキャラクターを描くのに成功していました。彼の表情は、お世辞抜きで本当に良かった。

彼は障害を持った大人がダンスや演劇、音楽などを学ぶパフォーミングアーツという学校からオーディションに参加したようです。

なんか、いいですね。こういうの

障害者が真剣に芸術を学ぶ取り組みがあって、その出身者がちゃんと役者として活動して、それが作品の重要なパーツとして成立しているって…。

僕らはどうしてもダウン症患者を「弱者」として観てしまいがちで、上から目線の福祉活動になってしまうけど、これはとてもいいなと思いました。

個人的にはゲイバーの歌手・ルディもとてもよかったです。
彼の人間性がとても完成されていて、魅力的なんですよね。

恋人のポールがゲイであることを隠したがっているのと対照的に、自分に素直に幸せを掴もうとしていました。マルコへの深い愛情表現も、実の母親よりもずっと母親らしくてこいつ本当にいい奴ですね…。

歌手として挫折を繰り返しながら成功をつかむ描写も結構好きです。
オーディションの超いい加減な感じがよかった(笑)

もっとも、オープンであることに関してはポールが検事局という堅い仕事についており、ルディはゲイバーの歌手という境遇の違いがあるから一概にルディがスゴいとも言えません。
結局ポールはカミングアウトがきっかけでクビになってますしね…

それでも当時の時代背景を考えると、同性愛者であることを隠さずあれだけ活き活きと暮らすルディには、尊敬の念を抱いていたんですが…

これ、実話じゃないらしいね。

まさかの展開。実話じゃなかった!?

え?いやいや、この映画って「実話を元にしたストーリー」って売りでしょ??

なんと、実話が元になっている部分は、「育児放棄された障害を持った子供を、ゲイの男性が育てた」というそれだけなんです。
そのゲイと同じアパートに住んでいた人が、この話をヒントに脚本を書いて、それを大幅に脚色してこうなった、と…。

原作が出版されているわけでもないし、そもそも最初の脚本の時点で事実とかなり違っているでしょうから、本当の部分はもはや誰にも確認できません。ただ、おそらく

  • そもそも育てたゲイはカップルじゃない
  • ルディやポールの設定も創作。歌手にならないしクビにならない。
  • マルコが取り上げられそうになる下りも創作。そんな裁判してない。
  • 悲劇的なラストも創作。マルコ元気。

ぜんぜん別物やーーん!Σ( ̄■ ̄;

たしかに「実話を元にした」という意味では間違ってはいないかもしれません…。
でも正直、ここまで違ったら、コレ、「実話詐欺」ですよ。
どこが実話やねん。ただの創作やん。

創作なら創作でいいところもある映画なんだから、「実話」を売りになんかしないで、普通に物語として勝負すればよかったんです。。

「実話」を売りにしたのも、ハッピーな予告編でライト層を釣ってみたかった気持ちも分かりますよ!いっぱいお客さんきてほしいもんね。いろんな人に観てほしいもんね。
タイトルもわざわざ「チョコレートドーナツ」なんてスイーツにしちゃってさ!!

※原題は「ANY DAY NOW」だ!直訳すると「いつの日にか」

any day now

僕はこの映画を観たことで、自分の同性愛者への態度も、ダウン症患者への態度も見直すべきだと感じました。多くの人がそうなれば、もっといい社会になる、みんなに観てほしい、その気持ちも分かります。

でも、問題提起の為とは言え、嘘はあかん。

予告編は 映画文化を支える大事な広告です。
みんな予告編に期待して、映画を観にくるんです。

本編より大げさなカッコイイ予告編に期待してガッカリ、なんてよくある話です。
それでも本質を偽るのは話が違います。悪質です。
観客が予告編を信用できなくなったら、それは映画そのものへの不信感につながるのです!

この映画、素晴らしいところもある映画でしたよ。
だからこそやっぱり、この予告編に、僕はNOと言いたいんです。

最後に海外版の予告編を載せておきます。
これで、よかったのにな…
タイトルも「いつの日にか。」でよかったのにな…

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