映画『フライト』とバックトゥザフューチャーで語るゼメキス監督の手腕 ネタバレ感想

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flight
ロバート・ゼメキス監督の手腕を解説する映画論的なもの、そしていかにこの映画が素晴らしいかを語りたいと思います。
先の読めないスリリングさで観客を釘付けにする、本当に素晴らしい映画でしたね。ロバート・ゼメキス監督の映画の特徴は、ずっと観客をハラハラドキドキさせられる点にあります。

彼の作品は、有名なところだと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「フォレスト・ガンプ 一期一会」なんかがありますよね。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を例に

あの名作、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を例に考えてみますと、だいたいこんなストーリーでした。

テロリストの襲撃にあい、命からがらタイムスリップで逃げる

未来からきたことを周囲に誤魔化しながらドクに助力を頼む

街中でビフと喧嘩になったり

若き日の父と母をくっつけようと四苦八苦

ダンスパーティーでの事件

なぜかギターの演奏をする羽目に

落雷のタイミングに間に合わない…!?

ドクが銃撃される

エンディング!

…こうやって改めてみてみると、その時その時で、「トラブル」が常に移り変わっていることに気がつきます。

一貫してメインに据えられているのは「若き日の父と母をくっつけるゴタゴタ」というタイムスリップものらしいおかしみです。しかし細部を観てみると、実に様々な問題で右往左往しているんですよね。

ある時はテロリストから命からがら逃げ出すアクション映画であり、ある時はビフとのトラブルにハラハラさせられる青春モノのようで、落雷の瞬間に間に合うかどうかのスリリングな展開に魅了されたりします。

実はこのジェットコースターのような『展開の豊かさ』こそ、ロバート・ゼメキス監督の真骨頂なんです。

映画『フライト』では?

もちろん映画『フライト』でも。その手腕は大いに発揮されています。
特に、主人公に対する印象を次々と変化させていく、ロバート・ゼメキスらしい『展開の豊かさ』には圧倒されました。

主人公、最初は愛すべきヒーローだったんですよね。
冒頭の墜落シーンでの彼は、本当にカッコよかった!
たしかに大酒のみだしクスリもやってたお調子者。でも、超一流の操縦テクニックで、あの大ピンチを冷静に切り抜けてくれました。

あの時点では、間違いなく彼はこの映画のヒーローでした。

次に観客は、彼が世間にに糾弾されるのではないかと心配になります。彼は飛行機事故の責任をとらされるのではないか?彼はどうなるんだろう?
ここでは、テレビでの報道や世論の反応が、観客から絶妙に隠されています。

またこのさじ加減がうまいんですよねー…。世間の人が彼をどう思っているかわからない、そんな不安を観客も共有するのです。

そこから、さらに主人公の苦しみと自暴自棄を描きます。

祖父の残した農場の家に戻ると、彼は全てのアルコールを排水溝に流しましたね。ああ、恋人を含む6人を助けられなかったことを悔やんでいるんだね、わかるよ、仕方なかったんだよ…と彼に同情をした方も多かったと思います。

彼が最初に酒を買ってしまったシーンでも「あれだけのプレッシャーにさらされたのだから…でもダメだよ…」と同情の入り交じった視線でみていました。

このシーンくらいまでは、まだ彼はカッコよかったと思うんです。
むしろ、人間くさくて、愛すべき主人公でした。
心の中で「とにかく自暴自棄になるな!まだ負けてはいない!!」と彼を応援していました。

ところが、物語が進むにつれて、彼は観客の期待を裏切り続けます。

飲む。とにかく飲む。絶対飲んだらいけないシチュエーションなのに飲む。

観客は次第に、彼が次々アルコールに手を出す状況にハラハラし、不安を感じ始めます。なんで飲むんだ!?絶対飲まない方がいいに決まってるのに!
…いくらなんでも異常じゃないか?

そして、ついには彼が「アルコール依存症」だったことに気がつきます。ただの酒好きじゃなかったんです。
そして同時に、この物語がハッピーエンドを迎えるための最大の敵は、実は彼自身の信頼の無さにあったと思い知らされるのです…!
うまいなぁ、と思ったのは弁護士役のドン・チードルのセリフです。

最初にあったときはなんて図々しい酔っぱらいだと思った

実は彼は映画全編を通して、酒臭さをプンプンさせていた酔っぱらいだった…!その衝撃の事実を伝えているんですね。
「実はずっと酒臭かった」…それを念頭に置いて今までのシーンを考え直してみると、本当に、彼がどれだけ信用のおけない奴か思い知らされます

映画では嗅覚まで伝えられないことを逆手に取った、どんでん返しですね。お見事です!

さて、ここまででも、彼への印象がどんどん変化していくことがわかるかと思います。

お調子者だが超一流。墜落シーンでの興奮。

不条理なバッシングと後悔への同情。

自暴自棄にな行動を起こさないかハラハラ。

酒を手放せない彼への絶望、苛立ち。

最初からアルコール中毒であることを描かず、あえて飲酒シーンのみを描いたのが秀逸です。ただの「酒を飲む」行為が、「規格外な男」「悲しみと不安」「心の弱さ」といったそれぞれのシーンで象徴的な行為になっており、同時にアルコール中毒への伏線でもあったわけです。
うーん、深い。

そして怒濤の終盤へ

さて、なんとか友人の家で監禁保護してもらい、公聴会へ赴く最後の晩。スイートルームで、あの「冷蔵庫」をあけてしまったシーンです。

自ら望んで監禁してもらうことで反省と自己管理をアピールしたかと思うと、一番飲んじゃいけない公聴会前夜に裏切るクズっぷり…。
ホントなにやってんだよ…。アル中治療の難しさを痛感させるシーンでしたね…。

しかし、冷蔵庫の前で息をのむシーン。正直僕は墜落シーン以上に緊張しました。飲むな!飲むな!飲むな!
こういう緊迫感あるシーンで一回フェイントをかけちゃうあたりがロバート・ゼメキス監督の才能ですよね…。観客をどうやってドキドキさせればいいのか、ちゃんとわかってる。天才。

映画はそこからさらにもう一捻り。
なんと主人公がクスリをやることで、(見た目には)正常さを取り戻しちゃうのです。
(アブナい友人役のデブが、非常にいい味を出していました。)

…え?こんな解決方法って有り??
主人公を真剣に応援し心配してた観客としては非常にフクザツな心境ですが…、まずはとにかく公聴会を乗り切るんだ!とあたふた応援します。

そして、あの結末です。

ここでも主人公の立たされた境遇が、ジェットコースターのように次々と変化していくのがわかりますね。

アルコールの詰まった冷蔵庫の前で自分自身との戦い。

公聴会までに、正常さを取り戻せるかという絶望。

公聴会でミスなく答えられるかという緊張感。

そして、亡き恋人の写真の前で天秤に掛けられた、無罪と名誉と、自らの良心。

アルコール相手に、検察相手に、…主人公は次々と移り変わる困難相手に必死で戦っていました。
時に敗れ、時に爽快な勝利を納め。
この激しいアップダウン、予想もつかない方向転換、ジェットコースターのようなドキドキ感あふれる物語づくりこそ、ロバート・ゼメキス監督の魅力なんです。

アルコール依存症、この映画の魅力

アルコール依存症は「心が強いから、弱いから」とは別次元の、専門家がサポートすべき病気です。強い禁断症状を伴う依存性は、覚醒剤と何ら変わりありません。
しかしその治療は困難を極めます。

そもそも患者は、自分がアル中であると認めたがらない傾向にあります。
好きで飲んでいるだけだ。俺は飲まなければ正常だ。アル中なんて意志の弱いクズだが俺は違う。アル中なんて社会不適合者だが俺は違う…。
アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれています。
映画でも語られていたとおり、自らの病を認めることこそ第一歩なんです。

そう、この映画の本質は、「アルコールを断つ」強さではなく、「自分がアル中である」と認める…自分が愚かであることを受け入れる強さにこそあったんです。

誰だって、自分が弱い存在だなんて認めたくありません。
しかし彼は、弱くて、みっともなくて、犯罪者で、誰かの力を借りなければ普通の生活も出来ない自分を、公聴会のあの場で認めたんです。

様々な困難が続けた物語。
でも本当に戦うべきは、ひとつでした。
最後に彼は、“自分自身”に対して、ようやく勝利を納めたんです。

やっぱり、ロバートゼメキス監督って、良い映画を作りますよね。

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