地味なのに?『ムーンライト』がアカデミー作品賞を獲った理由を語りたい。

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2017年のアカデミー賞と言えば、圧倒的な前評判だった『ラ・ラ・ランド』を抑え、『ムーンライト』が作品賞を受賞したのがちょっとしたサプライズでした。

もちろん『ムーンライト』もとてもいい映画でしたが、周りの人の声を聞くと

「ちょっとおとなしめの作品というか…」

「上質な小品?ってかんじでしたよね、ラ・ラ・ランドとは一概に比べられないから…」

「私はラ・ラ・ランドの方が好きかなぁ…」

「作品賞?なのかな?う~ん…」

と、みなさんものっすごい歯切れ悪いリアクションでした。わかる。
隠しきれない「『ムーンライト』より『ラ・ラ・ランド』のほうが作品賞にふさわしいと思う」という心の声がひしひし伝わってきちゃいました。。

そもそもアカデミー作品賞とは

アカデミー賞は前年の一年間にアメリカで公開された映画の中から、優れた作品、脚本、俳優などを選出する賞です。
その中でも作品賞は最も重要視されている部門で、いわば「その年の映画のナンバーワン」といった位置づけになります。

そもそも英語では「Academy Award for Best Picture。作品賞の意義がその年の一番いい映画作品であることがわかりやすいですね。

ところが、その「一番いい映画」という判断基準、僕らが想像しているものと少し違うところもあるんです。

選考基準は「素晴らしい映画」とは限らない

実は、作品賞の選考はハリウッドの映画関係者の団体である「映画芸術科学アカデミー」の投票によって行われます。

ここが面白いところで、世界的に有名な賞でありながら、その選考は一般人の投票でもないし、中立的な立場を保った選考委員会でもありません。「アメリカ人」の「ハリウッド関係者」が、「俺にとってのいい映画」を選ぶわけです。
…バイアスかかりまくりですよね(^^;

そんなわけでアカデミー作品賞を受賞する作品が、必ずしも芸術性、作品のエンターテイメント性、完成度において優れているとは限りません。
それよりも「アメリカ人の気持ち」や「アメリカ人の興味関心」、「その年のアメリカの空気」、さらには「ハリウッド関係者が好きそうなネタ」なんかが反映されちゃいがち。

つまり、純粋に映画として優れていることだけでなく、ハリウッド関係者のアメリカ人たちの「みんなに観てほしい!」という想いが強く現れやすいんですね。

たとえば2012年に作品賞を受賞した『アルゴ』

ARGO

この映画、1979年イラン革命でアメリカ大使館が襲撃された際、取り残された人質を救出するためにニセ映画撮影をでっちあげる離れ業を描いたものです。
つまり、ハリウッド関係者の貢献を賞賛する映画なわけですね。また、随所に「ハリウッドあるあるネタ」が盛り込まれ、内部にいる人間には痛快な映画なのでしょう。

でも、正直、これが作品賞というのは疑問に思えます。

イラン革命も、アメリカ大使館襲撃も、「アメリカ人にとっては」大事件だったんでしょうが、日本人にはイマイチ関心が低いですしね…(^^;

参考↓

これがアカデミー賞作品賞?『アルゴ』受賞への不満と納得
うーん、面白くなかったとまでは言いませんが…。 正直言って、アカデミー賞作品賞には役不足です。映画を観てから作品賞って知って「え?...

また1999年に作品賞を受賞した『アメリカンビューティー』

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この映画はわかりやすいくらい「現代アメリカの抱える闇」を描いた映画でした。

自由を与えられすぎた子供、ヒステリックで気の強い妻、崩壊していく家庭、麻薬、そして銃。これだけ詰め込んでおきながら、タイトルが「アメリカン・ビューティー」なんだから痛烈です(笑)
もっとも、「あなたは満足か」と尋ねられた終盤のワンシーンには、作品賞にふさわしいだけの魅力がありました。

そしてアメリカの抱える宿業、黒人差別問題。
2013年に作品賞を受賞した『それでも夜は明ける』はまだ黒人差別が激しかった19世紀において、いかに黒人奴隷がひどい待遇を受けていたかを克明に描いた重たい映画です。

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こちらは芸術性や完成度は素晴らしいですが、エンターテイメントというよりメッセージ性の強い、『観るべき映画』でした。

「それでも夜は明ける」ネタバレ感想 評価されない理由は邦題にある
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『ムーンライト』はまさに「観てほしい!」映画だった。

以上のことを考えると、なぜ『ムーンライト』が作品賞を受賞したかが見えてきます。

黒人差別問題、スラム街における貧困の連鎖、麻薬の蔓延、性的マイノリティーの苦しみ、家庭の崩壊。
これってまさに、アメリカ人が今強く関心を持っている問題なんです。

アメリカ人にとっての「下流社会あるある」といっても良いかもしれません。
多くの人が「これは大切な問題提起だ!」「共感した!」「他の人にも観てほしい!」と心を動かされたことでしょう。

一方、日本人に『ムーンライト』の受けが悪い理由もわかりますね。黒人差別も、スラム街も、麻薬も、日本ではあまり大きな問題になっていません。
この物語はあくまで「どこか遠い世界の不幸な話」であり、自分の世界の話とは思えないのです。

この辺の共感の差、感情移入の差が、日米での受け入れられ方の違いにでたのでしょう。

また、映画自体も若干尻切れトンボのような終わり方をします。
僕も「え?もう終わり?」と少しびっくりしました。

これについて、「あえて主人公にとって頂点の瞬間で物語を終えたのだろう」という解釈もありました。

僕は、観客に続きを想像してほしいからだと思っています。
おそらく主人公には、この先も大きな困難が待っているでしょう。
アンダーグラウンドな生活から足を洗えるのか?
それで経済的に自立できるのか?
今後、性的マイノリティをカミングアウトしていくのか?

…考えれば考えるほど、どうしていいかわからなくなります。

それをあえて描かず、第三章に続く第四章を観客に想像させたんです。
「この先彼はどうなるんだろう」と考える余地を残すことで、いかに今のアメリカが彼にとって生きづらいかを気づかせる…
それが監督の狙いなのではないでしょうか。

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2016年は共和党トランプ旋風の年だった

もうひとつ、大きな要因として、ハリウッドがトランプ政権と対立していることがあげられます

あらためて言うことではないかもしれませんが、何年かしたら記憶が薄れてしまいそうなので書き残しておきます。
2016年は、アメリカ大統領選挙において、共和党のドナルド・トランプ候補が大旋風を巻き起こした年でした。

アメリカには民主党と共和党という二大政党が存在していますが、実はハリウッドは民主党の巨大な牙城なんです。

両政党の方策をみてみましょう。

共和党(トランプ)の方針

・基本的に『古きよきアメリカ』をイメージ。
・小さな政府(税金を低く、福祉政策は控えめ)
・移民や黒人に厳しい
・銃所持賛成派
・同性愛反対
・妊娠中絶反対

民主党(オバマ、ヒラリー)の方針

・基本的に『新しいアメリカ』(リベラル、革新)
・大きな政府(福祉を手厚く、税金が高い)
・差別撤廃を推進
・銃規制派
・同性愛賛成
・妊娠中絶賛成

方針の違いをみると分かりやすいですね。
映画作りに携わる人間には、どちらかというとリベラルな気風の人が多いです。
なによりハリウッドは映画作りを通じて様々な人種を受け入れ、それぞれの幸せのあり方を探求してきました。
だから圧倒的に民主党支持者が多いんです。

またハリウッドの会社のオーナーはユダヤ系が多くを占めています。彼らは大きな資産を持っていても、ユダヤの同胞(=移民)に厳しい態度をとる共和党を快くは思っていないでしょう。

そして、日本の芸能人と違って、アメリカの有名人は積極的に支持政党を公言します。

日本では芸能人がするのはせいぜい政府批判や政策批判。「○○党を応援しています!」なんて発言する人は希少ですし、そういった発言を公の場ですべきではないという空気もあります。

逆にアメリカでは自らの政治的意見を明確にすることに誇りを感じていますから、(全ての人ではないですが)支持政党を公言する傾向があります。

カリスマ的な人気を誇るハリウッドスター達が軒並み民主党を支持を表明するわけですから、その影響力は非常に大きいですよね。
ハリウッドは民主党の牙城とされる由縁です。

もちろん、ハリウッドには共和党支持者もいます。

有名なところだと、クリント・イーストウッド、アーノルド・シュワルツネッガー、ブルース・ウィリス、ラッセル・クロウ、シルベスター・スタローン、ゲイリー・オールドマン。
いかにも古き良きアメリカな方々。

ただ大勢はハリウッド=民主党支持、です。

アカデミー賞のテレビ放映は、アメリカ国内で3000万人が視聴しており、スーパーボウルと並ぶ最も視聴率の高い番組のひとつで、絶大な影響力を持っています。

『ムーンライト』のテーマは多様性の尊重、貧困問題。まさに民主党の方針そのもの
ハリウッドは国民に広くアピールできるアカデミー賞を通じて、共和党・トランプ政権に“NO”を突きつけたんですね。

なぜここまでトランプは嫌われたか

それにしても、いくらトランプ氏が対立する共和党の候補だからといって、ここまでするものでしょうか?
それには、トランプ氏自身の言動に大きな理由がありました。

大統領就任後は若干落ち着きましたが、彼は選挙期間中に数々の問題発言を繰り返していました。

日本では外交方針、軍事方針の極論が大きく取り上げられていましたが、アメリカではそれ以上に、人種差別発言が問題となっていました。

彼の暴言は多くの人には受け入れがたいものでした。

  • メキシコ移民について「麻薬や犯罪を持ち込む」「強姦魔だ」と表現。
  • イスラム教徒に対し「データベース化して登録すべき」「入国禁止にすべきだ」と発言。
  • 中国・日本などアジア人のビジネスマンの英語の下手さを皮肉り、間違ったアクセントを真似する。
  • 演説で「黒人は貧しく、教育も悪い。仕事もない。私が大統領になったとしてもなにを失うと言うんだ」と発言。

うーん、ひどい。日本だったら一発退場レベルですよね。
いや、差別発言により厳しい欧米でも、今までだったら考えられない発言です。

挙げ句に、黒人のハリウッドスターであるドン・チードル氏が以下のようなツイートをして大きな話題になりました。

「彼は、僕の友人の父親に向かって『n***er(黒人を表す卑語)とファックしたことがあるか』と質問したことがあるんだ。僕はそれを知ったときから、トランプが大嫌いだ。」

…しかし数々の人種差別発言にも関わらず(あるいは差別発言を支持され)、彼の勢いは止まりませんでした。とりわけ「移民や黒人のせいで俺たちが迷惑している!」と不満があっても声が上げられなかった白人労働者層から大きな支持を得ていたのです。

そしてとうとうトランプ氏は民主党のヒラリー候補を下し、大統領に就任しました。

悲しいことに、彼が大統領に就任したことで、アメリカ各地で人種差別的な行動が激化しました。
車から罵声を飛ばされたり、学校でいじめられたり。
差別的な発言も許されるという空気が出来てしまったのですね。

だからこそ『ムーンライト』が選ばれたんですね。
このタイミングでの作品賞受賞は、この空気に警鐘をならしたいハリウッドの、そして多くのアメリカ人の気持ちを代弁しているんです。

ハリウッドは、いつも新たなジャンルに挑み、様々な個性を受け入れてきました。

2017年のアカデミー賞受賞式典は、司会者も、他の賞の受賞者たちも、トランプ大統領に対する批判を繰り返すという異様なムードの中で行われました。

もちろん、それに対する批判や反感もありましたけどね。
(日本人の感覚からすると、こういう賞の『政治利用』は受け入れがたいですよね)

しかし、多くの審査員が、自分の意志で『ムーンライト』を選んだのは事実。
彼らはどんな気持ちで、この作品を選んだのか?
その背景にある今のアメリカの「現状」や「空気」に想いをはせると、『ムーンライト』はもっと心に響いてくるのではないでしょうか。

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