ビリーブ未来への大逆転解説/米リベラルの牽引役。彼女の重要性と致命的な損失とは

日本人のほとんどは、この映画を観たとき「アメリカにもこんな時代があったんだね」「この女性弁護士は現代まで頑張ってるんだね」という感想を抱くと思いますが、アメリカではちょっと異なります。

多くのアメリカ人は、「ルース・ギンドバーグは若い頃からこんな人だったんだな!」「さすがRBG!かっこいい!」と喝采を送ることでしょう。
実は、ルース・ギンドバーグ女史は、アメリカにとって特別な人なのです。

なぜ彼女が有名なのか?

それは彼女がアメリカ最高裁判所判事をしていることが大きく関係しています。

ただの裁判所の人間がなんで?と思うかもしれません。

しかし、アメリカにおける最高裁判所の判事の知名度は日本とは全然違うのです!

アメリカの最高裁判事

米国では、妊娠中絶や銃規制など重大な憲法判断が、最高裁判所でたびたび決められるのですが、彼ら一人一人がリベラル派・保守派が鮮明であり、個人の意見が大きく反映されやすいのです。

個人名で意見も発信するし、時にマスコミの取材にも応じますし、

任期は終身(死ぬまでか、任意引退するまで)であり、『良心と良識の長老たち』という側面が強く、

おまけに9人と人数が少ないため、まぁまぁ覚えやすいですw(日本は11人)

おそらくアメリカでは、ある程度の知識層であれば、最高裁判事9人全員の名前と、彼らの思想傾向を挙げられるのではないでしょうか?
日本とは大違いですね。

その最高裁判事9人の中でも、ルース・ギンドバーグは特に国民に愛されていました。

就任前はそこまで期待はされておらず、彼女を指名したクリントン大統領は「無口で冷たい印象を与える」「女性差別問題以外では保守的な判断を下すこともある」との懸念も持っていたようです。(クリントン大統領が期待していたのは雄弁でカリスマ性のある政治家タイプの人間でした)

しかし最高裁判所の判事に就任して以降、彼女は9人の判事の中でも際立ったリベラル派の擁護者となり、トランプ(元)大統領をけちょんけちょんに批判し、なにより、女性の権利の守護者となりました。

奇しくも「雄弁でカリスマ性のある政治家タイプ」でないことこそが、彼女の魅力の根源でした。

言葉を慎重に選び、理路整然と話す知性。
どれだけ保守派にブーイングを受けようと決して妥協しない、道徳的な高潔さ。

彼女の積極的にメディアの取材に答える姿勢も相まって、リベラル派を中心として、女性、法曹界、若者たち等から高い知名度と絶大な支持を持っていました。

リベラルのアイコンとして

日本では想像がつきませんが、彼女はひとつのポップカルチャーのアイコンにすらなりました。
彼女を描いたマグカップTシャツ口紅などの関連グッズも販売され


売れ筋は“ファック・トランプ リップスティック”だそうです

アメリカで代表的な番組「サタデーナイトライブ」では有名コメディアンが彼女のモノマネをしながら時事問題をぶったぎるコーナーが人気を博し

映画、絵本、ドキュメンタリーも制作されました。(この映画もそのひとつですね)

ちなみにTシャツの「NotoriousRBG」とは彼女のニックネームで、一大ブームを巻き起こしながらわずか24歳で亡くなった伝説的なラッパー『NotoriousBIG』と彼女のイニシャル「RBG」をかけています。
「Notorious」は「悪名高い」と言う意味で、わりと失礼なニックネームではあるのですが、実は彼女もこれを気に入っており、友人にTシャツを自ら配っていたそうです

「『ノトーリアスB.I.G.に似た名前をつけられて不愉快じゃないですか』ってよく聞かれるけど、なんで私がそんなふうに思わなきゃいけないのかしら? B.I.G.と私には共通点がたくさんありますよ。何よりもまず、私たち2人ともブルックリンで生まれ育ったのですからね」

NBCインタビューにて本人談

彼女の死の大きすぎる影響

映画公開のわずか2年後、ルース・ベイダー・ギンドバーグは2020年9月、惜しまれながら世を去りました。

彼女の死去は、ただ偉大な判事が亡くなったということに留まらず、アメリカにとって数十年にわたる停滞を引き起こしかねない痛恨の事態になってしまいました。

いったいなぜでしょう?

その理由はアメリカの最高裁判所の事情にあります。

最高裁判所の保守・リベラル構成

アメリカではリベラル派(民主党:オバマ、バイデン)保守派(共和党:トランプ、ブッシュ)が常に対立しています。

妊娠中絶や銃規制など重大な問題について憲法判断を委ねられることで、その時代の趨勢を最高裁判所が決定してきたという側面があります。

オバマ大統領の時代には過去に共和党大統領が指名した5名の判事と、民主党大統領の指名した4名の判事で構成されていました。

一見、民主党が不利な状況でしたが、共和党指名の判事のうちの1名はときにリベラルな判決も下す中間派。

結果として、保守:4票 リベラル:4票 中道:1票】という構成となり、両者は危ういバランスで拮抗していました。

また欠員に伴って新しい最高裁判事を指名するときは、共和、民主両党に幅広い合意が必要との観点から、「議会の5分の3の賛同が必要」とされていました。

たとえばすっごく極端に保守派寄りの人だったり、逆にリベラル一辺倒の人間のような「片方の政党にのみ肩入れする裁判官」では、せいぜい50%の賛同しか得られません。

自然と「多少は政党色があるけれど、相手も納得するくらいバランス感覚のある(と思われる)裁判官」が選ばれる傾向にありました。

ちなみにルース・ギンドバーグが指名されたときは議会上院は96対3の圧倒的多数の支持がありました。当初はここまで徹底的なリベラル派と思われなかったのか、女性だから舐められていたのかわかりませんが。

バランスの崩壊

しかし、トランプ大統領時代に、この事態が一変します。

なんと、5分の3の賛同(60%)ではなく、過半数(50%)によって承認できるよう、ルール変更をしてしまったのです!

これは、人数に劣る民主党がどれだけ反対しようが、共和党は好きなだけ自分たちに都合の良い裁判官を指名できることを意味します。

このルール変更は良心に基づく慣習を破棄することから『核オプション』(Nuclear option:核爆弾のように過激で非道な影響の大きすぎる選択肢)と蔑称されています

そして、最高裁判事が引退・逝去されるたびに、トランプ大統領は次々に共和党色の強いバリバリの保守派判事を指名していきます。

2016年 保守派判事 引退 → 保守派判事を指名(賛成 54反対 45)
2018年 中道派判事 引退 → 保守派判事を指名(賛成 50反対 48)
2020年 リベラル派ルース・ギンドバーグ判事 逝去 → 保守派判事を指名(賛成 52反対 48)

三名とも、賛成がわずか50票程度であり、民主党議員がほとんど賛成票を入れていないことがわかります。
従来の5分の3の賛同であれば承認されないレベルの、保守派の色がかなり濃い判事ということです。

特に最後のルース・ギンドバーグ判事の後継に保守派判事を指名した件は物議を醸しました。
今までは、「大統領任期の最後の一年で欠員が出た場合は、選挙後の大統領に指名を譲る」という不文律があったのです。

実際、2016年に引退された保守派判事については、当時のオバマ大統領は指名を行わず、選挙後のトランプ大統領に譲っています。

ところが、ルース・ギンドバーグ判事が亡くなるやいなや、トランプ政権は大統領任期が残り2ヶ月にも関わらず、新しく保守派判事を強行指名してしまいます。

彼女に代わる保守派判事の指名は致命的でした。
オバマ政権時代は保守:4票 リベラル:4票 中道:1票】であったバランスが崩れてしまい、

保守:6票 リベラル:3票という圧倒的な状況が生まれてしまったのです。

アメリカはどこへ行くのか?

実際、すでにアメリカでは影響が出てきています。

2022年6月「妊娠中絶を禁止する州法は憲法違反だ!」という訴訟について、最高裁判所が過去の判決をひっくり返し、「妊娠中絶禁止は合憲である」という時代錯誤な判定を下したのです。

(※中絶反対は、キリスト教の世界観に基づく保守派の思想です。)

この判決により、アメリカでは州によっては、女性が自らの意思で妊娠中絶を行うことが犯罪扱いになってしまったのです。

今後アメリカでは、LGBTの権利、人種差別、銃規制など、あらゆる問題で前時代への後退が起こることが危惧されています。

そして、最高裁判事の任期は無期限です。

保守派判事6名が健在な限り、もしかしたらこの異常事態が20年以上に渡って続く可能性すらあるのです。

なぜ今この映画なのか。

ルース・ギンドバーグ判事がいかにアメリカのリベラル派の防波堤であったか。

今更ながら痛感させられます。

大統領を動かした女性 ルース・ギンズバーグ―男女差別とたたかう最高裁判事

子供向けの本。娘が小学生になったら読んでほしいなぁ。

『ルース・ベイダー・ギンズバーグ アメリカを変えた女性』

彼女の最後の著作。最高裁判所の対する力強い反対意見が読める。

RBG 最強の85才 [DVD]

彼女のドキュメンタリー。素晴らしい。若い頃の映像も残っているが、映画のフェリシティ・ジョーンズよりもきれいと思うほど魅力的。

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