デニーロの隠れた名作。「ミッドナイトラン」ネタバレ感想

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midnightrun
ぜんぜん名前を知らない作品でしたが、掘り出し物でした(笑)
ロバート・デ・ニーロのかっこよさというか、「味」みたいなもんを思う存分楽しめる作品でした!
この映画の魅力、そして20世紀を代表する名優デ・ニーロの魅力を語ってみました。

デ・ニーロがなぜかっこいいのか

デ・ニーロの「味」ってなんでしょう?

やっぱり、彼と言えばあの表情。口角をぐっとあげた、あの「なにかありそうな」微笑みでしょうか?
うちの嫁も「『マイ・インターン』の時と微笑み方が同じだね」と笑ってました。
いくつになっても、あのスマイルはデ・ニーロのものなのです。

味のある作り笑い。皮肉げな軽口ばかり叩くお調子者。
でも、そういう飄々とした軽さが、かえって主人公がひっそり隠し持っている「寂しさ」を浮き立たせるんじゃないでしょうか。

観客に「きっと何かある」と思わせる、執拗に腕時計を気にする描写。おしゃべりなくせに、決して自分の過去は語りたがらない様子。

そうした積み重ねが、じわりじわりと効いてきます。
いつの間にか観客は「彼のことをもっと知りたい、彼の隠し持った寂しさを理解したい」と思うようになるんです。
これって、人に対する好意の、第一歩じゃないでしょうか?
その辺のさじ加減が、きっとデニーロはすごくうまい。

最愛の妻と、娘との別れ。断ちきれない思い。
この物語は、主人公の人生の切ない部分と向き合う旅でもありました。
どちらかというとコミカルな映画だけれど、デ・ニーロの演技の奥深さのおかげで、一級品の人間ドラマにもなっているんですね。

大切な相棒(?)、デューク

そして、デ・ニーロの相棒というか、なんとも言いがたい立ち位置なのが通称“デューク(公爵様)”。
マフィアの金を横領し、慈善事業に寄付してしまった会計士。一見とぼけた善人なくせにさらっと嘘をつける食えない性格です。というか、マフィアの金を横領しようと思う時点で、相当な人物ですよね…。

特に酒場でFBIのフリをして逃走資金を調達するシーンなんか、彼の無駄に本格的な演技力が傑作でした(笑)
(ちなみにあれはアドリブらしいですねw)

彼と主人公が友情を結ぶようで、結ばない。協力するようで、裏切りあう。そんなコミカルな“信用のおけない”絶妙な関係がこの映画の面白いところです。

彼を演じたのはチャールズ・グローディン。どちらかというとコメディアンよりの俳優で、他には映画『ベートーベン』の主役(セントバーナードに振り回される父親)などが有名です。

ところで、wikipediaには

撮影中、手錠を掛けっぱなしだったチャールズ・グローディンは一生消えない手錠痕が残ってしまった。

…なんて書いてあるんですけど、いくらガッチリ締め付けても、手錠の跡なんて一生残るもんなんでしょうか…?(笑)

そして最後のシーンが最高(ネタバレ注意)

嗚呼、この映画の最後のシーンは本当に最高なんです。
このシーンを語りたいがためにこの記事を書いたと言っても過言ではありません。

自分には一銭にだってならないのに、デュークを解放して立ち去る主人公。
自分には一銭にだってならないのに、隠し持っていた逃走資金をプレゼントしたデューク。
いいなあ…かっこいいなあ…

僕自身が欲深くてコスパ志向の人間だからってのもあるかもしれませんが。彼らのあまりに気前のいい「優しさ」には、心底感動してしまいました。

だって、もう二度と会わないだろう相手ですよ!?たった数日間を過ごしただけの相手なんですよ!!そんな相手に、自分の利益を捨てて、ここまでの優しさをそそげるでしょうか?
ただただ、相手のためだけに!
…いや、見返りがないからこそ、あのかっこよさが際だつのかもしれません。

そして、主人公がデュークに渡していた時計。あれですよ!!あのシーンですよ!!

彼はずっと別れた妻のことへの未練が捨てきれず、彼女からプレゼントされた古い腕時計に執着していました。
彼だって薄々、わかっていたんでしょうね。どれだけ愛していても、もう復縁は無理だって。だって彼女は新しい夫と家庭を築いているんだから。
彼の深い哀しみこそが、このコミカルな物語を味わい深くする隠し味だったんです。

しかし、デュークと二人で旅を続ける中で、何かが変わりました。

あるいは、今まで誰にも話したこと無かっただろう秘密を、デュークに話したことがよかったのかもしれません。
人に話すことで自分を客観的にみれたりしますし、誰かに話す行為そのものが傷を癒してくれることもあります。

そして、デュークも彼の告白に向き合ってくれました。むしろ、主人公の方こそ茶化して逃げようとしていましたね。
でもデュークは真剣な顔をして「もう一度彼女に会うべきだ」と何度も言いました。

彼に押し切られるように、久しぶりに妻と会い、言葉を交わしました。
そして、娘が成長した姿をみたんです。

僕も人の親だからわかるんですけど、子供が幸せでいてくれたら、自分の人生ってわりとどうでもいいんですよね。それこそ、もう死んでしまったっていい。それくらい、子供が幸せであれば、何もかも許せる時ってあるんです。

もう一度会えたことで、子供の元気な姿をみれたことで、何か吹っ切れたのかも知れません。

主人公がデュークに時計を渡したことは、いろんな感情を象徴しています。
妻と、そして娘に会うきっかけをくれ、背中を押してくれたことへの感謝。心配してくれた友に対し、自分はもう吹っ切れたんだよという報告。本当に大切だった時計を手放せるだけの相手だという信頼

そしてなにより、このシーンは観客に幸せの予感を与えてくれるんです。
過去に縛られていた自分と決別したことで、きっと彼は幸せになれるだろうと。

うーん、良い映画でした!!

おまけ。

FBI捜査官アロンゾ・モーズリーの部下に対して。

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嫁「わあ!なんかすごい頭悪そうだね!(≧▽≦)」

…たしかに。

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