映画『ハッピーフィート』への批判 ◆キリスト教と肉食と動物愛護

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happy_feet

可愛いペンギンが歌って踊る映画から、なぜか日本と欧米の動物愛護精神の違い、キリスト教の基本思想、肉食との関係に話がとんでしまいました(笑)

あらすじ

皇帝ペンギンのメンフィス(ヒュー・ジャックマン)とノーマ・ジーン(ニコール・キッドマン)夫妻に、息子のマンブル(イライジャ・ウッド)が誕生。生まれて間もなくしてパタパタと足を動かす妙な癖を披露したマンブルは、その後立派な小学生に成長する。しかし、ペンギンにとって大事な歌の授業中に、音痴であることが発覚してしまう。

yahoo映画より

予告編

31点
序盤はそこまで悪い印象ではなかったかな…。周りの価値観と違う個性を持った主人公が悩み、それでも自分の個性を昇華させて認められていくという流れは悪くありませんでした。

ただ、困ったことに、売り文句のタップダンスが非常に残念っていう。
ペンギンのよちよち歩きからタップダンスを連想したんだろうけど、正直プルプルしてるだけで何をしてるのかイマイチわからなかったんですよね。そもそも、タップダンス自体が「動いてないようで音が出るのがすごい」んだけど、CGアニメで、動いてないのに音が出たところで、誰もビックリしないんじゃないでしょーか…。

まあ、「歌」と「ダンス」という大きな括りでみれば及第点だったでしょう。歌は上手だし、子供たちもノッて体を揺らしてました。タップダンス以外のダンスは観てて楽しかったし。
ペンギンたちがCGでリアルに描かれてるのも技術の進歩を感じましたしね。

けどね、後半のストーリーが破滅的にダメダメでした。

わかるよ…訴えたいことはわかるんだけど…。

「人間が魚を捕るからペンギンが困る」→「色々あってペンギンみんなでダンス」→「ダンスすげえ!ペンギンかわいい!魚とるのやめるZE!」
…こんな解決だったら、まあファミリー映画だからOKですよ。むしろギャグと勢いでこうすべきでした。ダンスだけで感動させるほうが夢があったよ…。

ところがこの映画は、世論が動き、政治も動いた…という流れに持って行っちゃった。しかもCG使ってことさら「リアル」を強調して。これは決定的にマズかったですね。

そもそも「ダンスが上手だから守ってあげる」という論調は批判されるべきです。動物があるがままに過ごすより、人間のようなダンスをしたほうが好ましいということですかね?たしかに「二本足で立つレッサーパンダ」だとか「温泉を楽しむニホンザル」だとか動物が人間みたいに振る舞うとカワイイし面白いのは認めますけど、それと動物保護・自然保護を直結させちゃうのは正直気持ち悪い。どうなのそれ。人間が可愛いと思うから保護するの?その上から目線なんなの?
「ダンスはあくまで注目のきっかけで…」と反論もあるだろうけど、それならハッキリ言って描写不足です。

「問題提起をしたい!」という気持ちは買うけど

そしてもう一つ、動物園に入れられた主人公ペンギン君が、精神を病んでいくくだり。あの存在意義がわかりません…。

たしかに現在、「檻や水槽に閉じ込めて見世物にする」という動物園のあり方には批判も多いです。これからの動物園は、いかに動物のストレスを減らした展示をするか、どうやってありのままの生態を観てもらうか工夫すべきだし、動物園そのものの存在意義も議論されるべきでしょう。
(なお僕の立場は子供の教育を考慮して生態展示は残したい、なんとか動物のストレス低減と観やすさを両立できないものか…といったところです。マジックミラーや覗き穴を使って何とかならんかなー。)

でもですね、動物園の在り方への問題提起としてああいう流れをブチ込んできておいて、解決策が「人間みたいなダンス★」ってどないやねん。動物園で見世物にすることを批判しておいて、結局ダンスを見世物にすることで解決していいの?あのダンス完全に人間向けでしょ?
動物園が大好きな子供たちにテンション下がる描写をじっくりみせて、なにかそれなりに得るものを用意してくれたと思ったらがっかりですわ…。

問題提起をしたいという気持ちは買います。ただ、まず自分たちの考え方がどうなのかを内省すべきでした。

日本と欧米の動物愛護感の違い? ー キリスト教と肉食

ヨーロッパは日本に対して動物愛護が非常に進んでおり、ペットショップの禁止、鶏を狭い檻に閉じ込めて買うの禁止、豚の去勢手術禁止(雄の豚は去勢しないと肉質が下がる)などが法律で規制される、あるいは今後実施されます。しかもそれらは動物愛護を推進しようとする市民運動によって成し遂げられたものなんです。日本を誇りに思ってる人には認めがたいかもしれないけど、この国は残念ながら動物愛護途上国、市民運動後進国なんですよね。ブログで文句を言うだけじゃ世の中変わらんのです。

ただ、欧米に根付くキリスト教の考え方は『動物の上に人がある』が基本なんですよね。人も動物も同列なんてとんでもない、そこにははっきりとした魂の上下関係があるのです。

これは僕の個人的な考えなのですが、キリスト教と肉食が関係していると思うんです。

近代化以前のヨーロッパでは、気候風土条件から家畜を殺して食べないと生きていけなかったんです。もっと単純に言うと、米を育てられない気候です。米は非常に栄養価も高く、面積当たりの収穫量が小麦とは段違いに多く、連作が可能と非常に優秀な穀物です。特に連作は大事。小麦を作った次の年、その畑は小麦を作ることが出来ません。その間、その畑で適当に牧草を育てたりして、豚や牛を育てたりするんですね。そして、その育てた肉でもって自分たちの糧とする。

だからヨーロッパでは肉食が盛んなのです。小麦で暮らす限り、肉食は必須条件なのです。

しかし、牛や豚は、勝手にお肉になって食卓に上がってくれるわけではありません。前近代の村では「肉屋」なんてものもありません。
どうするかというと、自分たちの手で、ハンマーで昏倒させ、ナイフで喉を切り、命を頂くわけです。

少し長くなりましたが、彼らは生活様式的に「大切に育てた生き物を殺す」罪の意識から逃れられないということです。だからこそ、ヨーロッパでは「人間は特別な生き物なのです、動物は人間の糧なのです」と説くキリスト教が広まったと考えています。

そのせいか、欧米のスタンスには、時折『卑しい動物たちにも人間様並みの権利を授けてやろう』という驕った気持ちが見え隠れします。もちろん欧米すべてが動物たちを下にみているわけではなく、多くの日本人よりずっと素晴らしい精神で愛護に携わる方はたくさん、それこそ日本より多い割合でいると思いますけどね。

ただ日本に比べて動物愛護が進んでいるはずのヨーロッパに、時折感じる愛護思想の違いは、こんなところに原因があるのではないでしょうか。
そしてキリスト教的感覚が残りながらも、ヨーロッパほど市民運動・動物愛護が進んでいないアメリカで、こんな映画が作られちゃった…というのも、なんとなく理解できるような気がします。

結局の所…

45分アニメのアイデアを無理やり2時間に延ばしちゃったような作品というのが正直な感想です。後半一時間はいらなかったな~。
ペンギンが歌って踊るという点に関しては十分なクオリティだったと思うし、「周りの価値観と個性」というテーマも持っていき方次第では十分に一本の映画にできたと思うんだけどなぁ…。ユーモアあるシーンを加えるとか、歌と踊りのシーンを増やす方法も、まあ要するにディズニーのようなつくり方もあったと思うのです。残念。

ただまあ、最後に付け加えておくと、うちの子たちは「おもしろかったー!ぺんぎんさん!」と上機嫌でした。決して見所のない作品ではありません。続編もでてるらしく悩ましいところ。


↑キリスト教と肉食の関係はこの本に着想を得ました

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コメント

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