映画の終盤、主人公はテレビ出演中「母親が生きていたら…」と語っていました。
しかし、何度か母親らしき人が主人公に声をかけるシーンもあり、矛盾が残ります。
もしかしたら、主人公の母親は既に死んでいたのに、主人公は気づいていなかった…?
だとしたら、彼は最初から“壊れて”いたということになります。
いえそもそも、主人公ルパート・パプキンは本当に狂っていたのでしょうか?いつから?どの程度?
考察・検証してみました。
主人公の母親は死んでいた?
主人公が自室にいる間、何度か母親らしき声が聞こえてきました。
ルパート 夜中に何してるの?
ルパート 早くしないとバスに遅れるよ!
このセリフだけでは祖母や大家といった可能性も考えられそうですが、ルパートが「ママ、放っといてよ!(※)」と返事をしており、母親に間違いなさそうです。
(※字幕では「放っといてよ!」だけですが、英語のセリフだと最初に「Mom! 」と怒鳴っています)
しかし、物語の終盤、ルパートがテレビショーに出演したときにこうも言っています。
それでも おふくろのおかげで何とか育った
もしおふくろが生き返ったら
“ママ まださまよってるの?”
ちなみに英語のセリフでは“nine years”と言っており、母親が死んだのが9年前だということも分かります。
一応、「映画の中盤までは生きていたけど、テレビショー出演直前に亡くなった」という可能性も考えてましたけど、それは無さそうですね。
ということは可能性は二つしかありません。
ひとつは、母親がまだ生きているのに、なぜかテレビショーでは「死んだ」と嘘をついたから。
こちらはそんな嘘をつく必要も感じられず、個人的にはあり得ないと思っています。
考えられる可能性はもうひとつだけ。
映画が始まる9年前に、既に母親は死んでいたのです。
母親の登場シーンを再検証
なんだか気味の悪い話になってきました。
ルパートの母親の声は、既に彼の妄想だったのでしょうか?
母親の声に反応したシーンを再検証してみましょう。
母親の登場シーンは全部で3回あります。
ジェリー・ラングフォードに「番組を6週間代わってくれ」と懇願される妄想を一人芝居してるシーン。(ルパート、夜中になにしてるんだい!)
等身大パネルに挟まれて、トークショー出演ごっこをしているシーン。(ルパート、早くしないとバスに遅れるよ!)
ジェリーに聞いてもらうためのデモテープを録音するシーン。(ルパート、何してるんだい!)
そのどれも、彼女の姿は見えません。
ルパートに彼女の声が聞こえているだけです。
念のため、彼女の声がどこから聞こえてくるかを検証しました。
彼の部屋の間取りは、画面から推察する限りこんな感じです。
最初の「6週間代わってくれ」妄想シーンでは、背後に玄関・トイレ・階段が写り込んでいます。
おそらく部屋の中央あたりでやっていたのでしょう。
このとき、ルパートは母親の声に振り返ってトイレのあたりに怒鳴り返しています。
(二階への階段に向かって怒鳴っているとみえなくもないですが…)
「出演ごっこ」のときは図の上のほうでやっており、なぜか階段ではなく左の机の方に向かって反応しています。
「デモテープ録音」のときは左の机で行っていたようです。
これは階段の方に向かって怒鳴っており、これは大きな違和感はありませんが…。
明らかに矛盾してると言える程ではありませんが、全体的にわずかな違和感が隠せません。
改めて無人のトイレに向かって怒鳴っているシーンを観ると、薄ら寒いものを感じてしまいます。
主人公は狂っていたのか?
これだけでは証拠として弱いのですが、ひとまず母親が死んでいると仮定して話を進めます。
死んだはずの母親の声が聞こえてくるなんて、もしかしたら主人公はとっくに“壊れていた”んでしょうか?
それとも、ジェリー・ラングフォードとの会話を妄想するように、「母親の声が乱入するという妄想」を楽しんでいたのでしょうか。
前者だとしたら、ルパートは物語が始まる前からとっくに「狂って」います。
ジェリー・ラングフォードに対する異常な行動も説明が付きます。
後者はあくまで自分の意志で行う妄想です。
まぁ、その時点で結構な変人ではあるのですが…。
少なくとも正気は維持していると言えます。
果たして、一体どっちなのでしょう?
そもそも彼は、映画のどの時点からおかしくなっていたのでしょう?
実はそこに大きなヒントがあります。
彼はいつおかしくなったのか
映画を観ていると、彼の異常行動がだんだんレベルアップしていく、ホラー映画のような怖さがありました。
レベル1空気が読めないコメディアン志望
↓
レベル2断り文句を勘違いして事務所に連日出没
↓
レベル3誘われてもないのに別荘に乱入
↓
レベル4誘拐事件
こんな感じに。
最初はルパート・パプキンにそこまで怖さを感じませんでした。
社交辞令な断り文句を真に受けてしまったりするポジティブ勘違い野郎ではありましたが、せいぜい、空気を読めない鬱陶しい奴、しつこいファンという感じでした。
まぁ、ありますよね。
女性から「ごめーん、その日はバイトで無理なんだー(><*)また都合が会えば遊ぼうね♪」というメール来たら信じちゃうことって、ありますよね…。
(ただし、僕の妻はルパートがジェリー・ラングフォードと全く同じ服を着ていることから「だいぶヤバい人だ…」と早めに見抜いていました。たしかによく考えたら「出演者と全く同じ服を着ている」ってかなり異常ですよね。)
でもその後、主人公は完全にジェリーと友達気分になって、事務所に何度も押し掛けます。
この時点で「わかるわかる」という気持ちはすっかり消えてしまい、「思っていたより勘違いっぷりがヒドいな…」と感じます。
とは言え、本当は断り文句だとしても「才能を認めてもらった」「番組出演について考慮してくれると言った」「個人的な話をした」と勘違いしちゃったという事情もあり、狂っている、壊れているとは言い切れません。
コミュニケーションが苦手で自意識過剰ですが、ぎりぎり情状酌量の余地あり、といったところでしょうか…。
しかし、次の場面で、一気に印象が代わってしまいます。
招かれてもいないのに、ジェリーの別荘にいってしまったシーンです。
これはもう、言い逃れができません。
「誤解しちゃったんだね」「コミュニケーションが苦手なんだね」という言い訳も効きません。
なにしろジェリーも秘書も「別荘」だなんて一言も口にしていないのですから。
ルパートが妄想の中で招かれた気分になっただけ。
「現実と妄想の区別が付いていない、狂っている」といわれても仕方ありません。
その後主人公は誘拐&テレビ出演というとんでもない行動に出ました。
しかし、精神的な異常性においてはこの別荘事件の方がはるかに上です。
誘拐は「テレビ出演したい」という目的を考えればとても現実的な手段です。
もちろん、倫理上の問題や今後の人生の損得から考えるとありえない選択肢ですが、「なりふり構わずテレビに出演するため」と思えば理解できる手段なのです。
一方、別荘事件は違います。損得だとか倫理感だとかそういう次元を超越しています。
なぜ別荘を訪れようと思ったか、常人では理解できないのです。
その思考回路には恐怖すら感じます。
やはり彼は、狂っていたのでしょうか?
妄想と現実の区別が付かないのでしょうか?
しかしここで一点、疑問があります。
本当に彼は「別荘に招待された」だなんて信じていたのでしょうか?
彼の別荘での言動をみていると、おかしなことに気づきます。
実は彼はジェリーに対して「別荘に来いっていったじゃないか!」「番組の司会を代わるっていったじゃないか!」という類の、妄想と現実がごちゃ混ぜになったセリフは一切口にしていないのです。
そうなんです。彼は「ジェリーに認められた」と勘違いで舞い上がってはいても、妄想と現実はしっかり区別出来ていたのです。
彼は“壊れて”などいなかったのです…!
…妄想と現実の区別が付いているってだけで正常扱いするのも変ですが、少なくとも理解可能な思考回路をもつ人間だとは言えるかもしれません。
彼が別荘事件を起こしたのは、なにか私たちでも理解できる原因があったのではないでしょうか。
そうして彼の動機を探った時、おそらく、酒場の女・リタにあると気づきます
リタになぜ執着するのか
リタの初登場シーンを振り返ってみましょう。
ルパートがリタの酒場を訪れたのは、わりと序盤。ジェリーの車に乗り込み言葉を交わし、自宅で「司会を代わってくれ」と頼まれる妄想をした、次のシーンです。
彼は一輪の花を携え、リタと15年ぶりの再会を果たすのです。
(「美人コンテストで君に投票した」というセリフから、高校の同級生かと思われます。)
ここで気になるのは、彼がリタに会いにいくために花を準備していた点。
偶然酒場で出会ったわけではありません。
…と言うことは逆に、彼女が働いている酒場を知りながらも今まで会いにいかなかったとも推察できます。
…僕の想像ですが、彼女は「美人コンテストに出場できるチアガール」というスクールカーストの上位に位置しながら、「友達に殴られるのが僕の唯一の運動」という底辺いじめられっこのルパートにも、ちょっと優しく接してたのではないでしょうか?
なるほど、リタにとってルパートは好意をもってた相手ではありませんが、なんだかんだで二人でご飯に付きあってくれるし、「コーヒーでも飲んでく?」と一応声を掛けてくれる様子は、たしかに「みんなに優しい」キャラクターと言えます。
…そんな彼女をルパートが好きになってしまっても、なんの不思議はもありません。
しかし彼女は美人コンテストに出れるくらいの学校のアイドルです。
彼女にずっと憧れていて、それでいて自分には手が届かないことを理解していたんじゃないでしょうか?
だからこそ、今までは会いに行くことが出来ませんでした。
しかしジェリーに認められて一流芸能人の仲間入りをした(と勘違いした)ことで、初めて自信を持って彼女に会いに行けたのです。
あのジェリーが僕の後押しをしてくれる
彼の番組に出られるんだ
そして一緒に食事をした帰りに、ルパートは「今の生活を変えるチャンスをつかむべきだ」とリタに強く訴えかけます。
手始めにジェリーと三人で食事でもしないか
いい考えがある
週末に彼の別荘へ行こう
しかしリタは「私なんか」と首を振ります。
ルパートはさらに彼女に語りかけます。
何を言う
(中略)
自分を低く見てはいけない
君は素晴らしい
改めてこの一連の流れを考えると、彼が「別荘へ行こう」と言ったのは、なにも自分の虚栄心のためだけではないと気づかされます。
リタを幸せにしたい、その愛から思わず口をついて出てしまったのです。
ところがルパートの想像とは異なり、現実ではジェリーが番組に出してくれる様子もなく、別荘に誘われる様子もありません。当然ですが。
おそらく何度も事務所で追い返されるうちに、ルパート自身も「自分が別荘にいける立場でない」と薄々気づいていたんじゃないでしょうか。
しかしここで「やっぱり別荘には行けない」と告げたらリタはどう感じるでしょう。
そもそも彼女は「私なんか」と遠慮しており、ルパートが強引に誘ったのです。
それを「やはり無理だった」と断りでもしたら「ジェリーに断られたんだ…やっぱり私は一流の場にはふさわしくないんだ…」と彼女を傷つけてしまいます。
このままでは、ようやく振り向いてくれた憧れの彼女を失ってしまう。彼女を深く傷つけてしまう。
今更後に引けず、プレッシャーに曝された彼は、一縷の望みを託して「ジェリー本人にさえ会えばきっとなんとかなる」と思いこんでいったのです。
まるで、自分自身を騙すかのように。
思い返してみれば、別荘に訪れたルパートはどこか焦りを感じていたようにも思えます。
気ままに振る舞うリタに動揺したり、ジェリーが来るとベラベラ喋り倒して誤魔化そうとしたり。
彼自身、どこかで「無理だ」と分かっていたんじゃないでしょうか。
誘拐事件も起こしたけれど…
別荘事件でジェリーとのコネもリタの笑顔も失い、一切の望みが絶たれました。
彼はジェリーを誘拐することでテレビ出演を果たそうとします。
しかし彼はジェリーを拘束こそしますが、罵声もあびせず、恨みや怒りも語りませんでした。
彼の行動動機は怨恨や逆恨みでもなく、純粋に「一夜の番組出演」だったのでしょう。
ドン底で終わるより 一夜の王になりたい
その根っこにあるのが「自分の長年の夢」なのか「一度でいいからリタに認めてほしい」なのかは判然としません。
ただ、ひとつ理解しておきたいのは、映画の前半~別荘事件までと、この誘拐事件では、根本的にルパートの行動動機が違うという点です。
単純に「ストーカー的行動がエスカレートした」と考えるべきではありません。
前半~別荘事件は「ジェリーの別荘に招待する」とリタと約束し後に引けなくなったプレッシャーのため。いわば現実に望みをつなごうと焦ってためです。
一方で誘拐事件は全てを失ったと悟ったため。
現実での望みを失い、諦め、それでも最後にひとつだけ思い出が欲しかった…
たったそれだけなのです。
ルパート・パプキンは狂っていたのか
彼の行動はたしかに異常でしたが、改めて動機を探ると「常人には理解できない」ほどの異常さは感じません。
そう、彼は最初から最後まで、狂ってなどいなかったのです。
すると、既に死んでいるはずの母親の声は一体何だったのでしょう?
やはり僕は、あれは彼の一人芝居であったように思います。
「一人芝居をしていたら、お母さんに邪魔された」という一人芝居です。(ややこしい)
彼がそんなことをした理由はなにか。
…おそらく、母親が本当に大好きだったからではないでしょうか。
学校では友人にいじめられ、父親には関心を持たれなかった彼を唯一認めてくれた母親。
一緒に冗談をいっては笑い転げた母親。
彼を一人残し、いなくなってしまった母親。
妄想でジェリーとの会話を楽しんでいたように、せめて妄想の中だけでも、亡き母親との交流を楽しんでいたのではないでしょうか。
映画の最後は、刑務所から出所したルパートが大成功を収めている描写でした。
あれは現実でしょうか、妄想でしょうか。
たしかに誘拐事件で知名度は上がったかもしれません。犯罪者の自伝がベストセラーになることもあるでしょう。
しかし、「コメディアン」として評価されるかは話が別です。
知名度の高い芸能人でさえあればM1グランプリだとかお笑い界で活躍できるかというと、それは違いますよね。
いくら「2年間の服役中に研鑽を積んだ」としても、たかが知れています。
ジェリーも言っていたように、簡単な仕事ではないのです。
だから最後のシーンも現実ではなかったと推察されます。
あれもきっと、ルパートの妄想です。
彼は本当は全ての望みを失っていることをちゃんと理解しており、それでも切ない妄想に浸っていたかったのでしょう。
母親が死んでいるのを、本当はずっと理解していたように。