マルコムX、ものすごくかっこいい男でした。
それと同時に、彼に対しどこか残念な気持ちになってしまいました。
マルコムXについては、池上彰さんの著作で読んだことがあり、少しはわかっていたつもりでした。
なんとなくイメージしていた「過激派の指導者」ではなかったこと。
刑務所でブラックムスリムに目覚め、しかし途中で袂を分かったこと。
最終的には平和的な解決策を模索していたこと。
それくらいの知識はありました。
それでも、この映画を観て「あぁ、別に知ってたし」とはなりませんでした。
映画自体がエンターテイメントとして面白かったのもありますが、彼の人生が想像していたよりずっと過酷で、人間味にあふれ、賞賛すべきものだったからです。
授業の代わりにこの映画をみせたらいいのに、とも思います。
もっとも、マルコムXについて学んだのは50分間の授業の中の、ほんの一部の時間です。
単純に3時間を超える本作と置き換えれるものでもないでしょうが。
それにしても、黒人が差別に苦しんでいたことは知っていましたが、ここまで残酷なもんだとはちょっと衝撃です。
特にマルコムの父親の無惨な最後、映画のために脚色されているのかと思いきや、事実通りなんですね…。
父は1931年に人種差別主義者によって殺害された。
頭が変形するほど殴られ、体が三つに切断されるように線路に放置されて轢死体となって発見された。
明らかな殺人にも関わらず、警察は自殺と断定した。
wikipeidaより
両親に対する非道な行いを考えたら、彼が白人に対し憎悪を募らせたのも理解できます。
むしろあれだけのことをされながら、マルコム本人は一度も暴力行為を行わなかった点を評価すべきでしょう。
しかし、その点を考慮してもなお、やっぱり僕は「残念だな」という気持ちになってしまったのです。
彼を亡くしてしまったことももちろん残念です。
せっかく真のイスラム教に目覚め、さぁこれからは正しい教えを…というタイミングでの暗殺でしたから、余計に口惜しさを感じますね。
でもそれ以上に、彼が前半生を“過激な指導者”として過ごしてしまったことを、僕は残念に思うのです。
もちろん白人に寛容になれない気持ちは理解できますし、それが普通なのでしょう。
それでもやっぱり、もったいなく思います。
好みの問題かもしれませんが、過激な言葉で大衆をあおる手法は、僕には許容できません。
批判した相手を「敵」にしてしまい、周りには好戦的な人ばかりが集まり、その人たちの攻撃性をさらに助長し、その期待に応えるように自らの発言もエスカレートしていく…。
彼の過激な発言は、本当に黒人差別の解消に貢献したんでしょうか?
本当に“白人との対決”姿勢で未来を切り開いたんでしょうか?
あれだけ白人サイドを侮蔑する発言を繰り返しては、反感を買って逆効果になりそうな気もします。
エンディングで子供たちが“ぼくたちもマルコムXだ!”と次々とエックスのポーズをしていくシーンで
僕はどこか違和感を感じてしまいました。
この子たちは、本心からこのポーズを取っているのでしょうか。
それとも、周りの大人に言われるがままに、わけもわからずポーズを取っているのでしょうか。
この子たちは、彼のどこに憧れてるのでしょう。
そして彼は、この子たちになにを残したのでしょう…。
確かに苦境にあった黒人たちを鼓舞し、精神的な支柱になった側面はあるかもしれません。
最初から穏健な発言をしていたら、人気を得ることもなく、影響力の無いまま人生を終えていたかもしれません。
それでも、彼の過激なスタイルが正しかったとは、どうしても思えないのです。
そしてまた、彼が暗殺されてしまったのは、彼の過激トークに遠因があると感じます。
同じく暗殺をされたキング牧師と彼のでは、その印象が大きく異なります。
キング牧師は前科者の白人男性に暗殺されました。
もっともキング暗殺の犯人は「ラウールという男にハメられた」と容疑を否認しており、経済力がないはずなのになぜか海外逃亡しているなど陰謀説も根強いですが…
おおかた、彼の活動を目の敵にした人間でしょう。
しかしマルコムXを殺害した犯人は、古巣であるネイションオブイスラムの団員たち。
ここにいたたまれなさを感じます。
彼は人権運動が原因で狙われたわけではなかったのです。
教団を抜けるだけなら、なにも暗殺まではされなかったでしょう。
しかし、彼は古巣を徹底的に”口撃”しました。
もちろん正義の信念に基づいた告発であったことは否定しません。
ただ、彼が長年続けてきたスタイルのせいで、必要以上に攻撃的にならなかったでしょうか?
フォロワーの期待に応えようとついつい過激な批判を展開してしまう可能性だって十分考えられます。
また、襲撃犯たちがどれだけマルコムの影響を受けていたかはわかりませんが、
“白人に過激な批判を繰り返す団体”という評判が定着してから入団したメンバーだとしたら、
マルコムを殺害したのは、彼の攻撃的な態度が呼び寄せた人間たちとも言えるのではないでしょうか。
被害者にこんなことを言うべきではないのですが、
マルコムの暗殺には、どうしても自業自得の印象が拭えません。
あそこまで過激な言動をしなければ…。
あんな過激な連中と関係を持っていなければ…。
歴史に「if」はナンセンスかもしれませんが、どうしてもこう考えてしまうのです。
もっと他に、やり方はなかったのでしょうか。
あんな過激な言動をしなければ、人種差別問題は解消されなかったのでしょうか。
あの真摯なエネルギーとカリスマ性は、攻撃的なスタイルでしか発揮できないのでしょうか。
僕にはそうは思えません。
3時間の映画の間、僕は間違いなく彼に夢中でした。
彼は本当にかっこよかったのです。
生き様も、切れ味鋭い言葉も、それこそ、世界を変えられるくらいに。
だから本当に、口惜しいのです。