公務員が『私はダニエル・ブレイク』を観た感想/イギリスと日本の違い

単なるバッシングでない切実な市民の声を頂いて、改めて身が引き締まる思いでした…。

日本とイギリスの公務員の状況の違いを説明しつつ、感想を語りたいと思います。

 

ダニエルの悲劇には本当に胸が痛みました。

彼は本来ならば行政が救うべき相手です。

行政の怠慢と言いたくなる気持ちもわかります。

 

一方で、公務員だけが悪いわけじゃないんだぜ…と

ちょっと悲しい気持ちにもなりました。

公務員の本音

とかく公務員は批判されます。

 

誓っていいますが、自分はこの映画に出てくるようなあんな酷い対応はしたことがありません。

パソコンが使えないなら一緒に操作するし、

困っていたら力を貸すし、

怒鳴り散らす人がいても気持ちに寄り添おうと頑張っています。

 

僕だけでなく、仲間だってそうです。

公僕だからとか仕事だからとかでなくて、人として当然にそうしてきました。

 

それでも、一般的な『お役所』のイメージは変わりません。

「融通が利かなくて、不親切」
「楽して高給取り」
「庶民のことを考えていない」

そんなはずないのに…

切ないもんです。

 

しかしまあ、実際に態度の悪い公務員もいるのも確かです。

僕自身の体感では、職場の中で20人に1人くらいの割合で、市民と揉めやすい「問題児」がいます。

不思議と、どこの職場に行ってもいます…。

偉そうに市民と接したり、杓子定規な対応に終始したり、いわゆるお役所対応ですね。

この割合は世間と比べて多いのか少ないのか…

きっと、こういう人が公務員のイメージを下げているのでしょうね。

 

そういえば、公務員になろうと思うと随分年上の先輩に告げたとき、真剣な顔で「公務員は報われないぞ」と説かれたっけ…。

 

まぁ愚痴はこれくらいにしておきましょう(^^;

この映画は単なる公務員批判として作られたわけじゃないことも理解しています。

もちろんほとんどの公務員はひどい態度で、観ていて自分までイライラしてくるくらいでした。

しかしちゃんと良き公務員(アン)も描いてくれていました。

 

アンの存在を描くか描かないかの違いはとても大きいです。

アンという良き公務員を描くことで、単純に「公務員という属性」を批判するのではなく、「敬意のない対応」や「国の方策」を批判していたのです。

これは正直ちょっとうれしかったです。励まされる気持ちにすらなりました。

僕も「やはり公務員はこうあるべき」と心の中で決意を新たにしました。

 

ただ、自分の職場の状況と比較し、「イギリスの公務にもは同情の余地があるよな」とも思いました。

 

イギリスの状況

映画ではダニエルがどの窓口にいったときも、何人も順番待ちをしていましたよね。

まるで病院の待合室のようでした。

 

僕がいた日本の役所の窓口はここまでひどいことはありません。

そりゃあ、一人二人の順番待ちは発生しますが、長時間イライラしながら待たせるような状況は滅多にありません。

そのおかげで、一人一人にたっぷり時間をかけて応対しても、どこからも文句は出ないのです。

 

でももし、常に10人も20人も順番待ちをしていたらどうでしょう。

早く捌かないとどんどん順番待ちが増えていくとしたら…

僕は今ほど丁寧に市民と接することが出来るか、不安です。

 

また、市民の申し出を拒まねばならない時、文句を言われるのは窓口の職員自身です。

これもまた、つらいのです。

 

職員には何の権限もなく、国で決められた金額を決められた相手に渡すだけしか出来ません。

法律なんて自分の預かり知らぬところで決まっていて、意見を言って変えることも出来ません。

 

よく「規則通りにしか動けないのか」「融通が利かない」と怒鳴られるのですが、出来ないのです。

コンビニの店員が勝手に商品の値段を変えられないように出来ないのです。

その規則を決めれるのは国で、

その国を動かしているのは政治家であり有権者全員です。

 

僕ら公務員が出来ることは、

相手に敬意を持って接したり、

荷物が重そうなら手伝ったり、

懇切丁寧な説明をさせていただき、

申し訳ないと頭を下げるだけなのです。

 

それすらもまた、超混雑時のコンビニだったらどれだけ丁寧に出来るでしょうか…。

公務員でも一緒です。

イギリスの窓口で起こっている杓子定規な対応は、職員の業務量に余裕がないからではないでしょうか。

 

映画の中でも、ダニエルに丁寧に教えるアンに対し上司が

「こういう前例をつくるのはよくない」

と指摘してましたね。

裏を返せば、「ひとりひとりに丁寧な対応をする人的余裕がない」という状況を意味します。

ここが日本の役所と大きく違います。

 

イギリスの行政窓口はなぜ余裕がないのか?

実はイギリスの公務員は、「緊縮財政」の名の下に、非常に苦しい立場に立たされているのです。

 

イギリスの“緊縮財政”

もともとはイギリスは「ゆりかごから墓場まで」というスローガンで有名な充実した福祉制度を誇っていました。

 

ところが充実した制度にはお金が、税金収入が必要です。

1970年代には制度を維持するために「所得税が最高83%」「不労所得は最高税率98%」という異常な累進課税を課すようになります。

100万円稼いでも83万円が税金で取られるということです。やばい。

 

これでは国民も働く気なんか起きません。

どうせ失業手当も充実してるし。

そうして「イギリス病」とも言われる労働意欲の低下がおこったのです。

 

そんな状況を改善するべくおこなったのが「緊縮財政」です。

税金をあげると労働意欲が低下するから、これ以上あげれない。

じゃあ、行政の支出を減らそう!というわけで、

つまり福祉・教育・医療等の予算や人件費をどんどんカットしていく政策を行ったのです。

(日本の民主党政権時代の「事業仕分け」を思い出しますが、もっと大掛かりなものです)

 

“鉄の女”マーガレット・サッチャーは緊縮財政の旗手として有名ですね。

 

しかしその結果、当然のように福祉制度が弱体化。

恩恵を受けていた経済的弱者は困窮しました。

福祉が充実していたはずのイギリスが、むしろ弱者に厳しい国になってしまったのです。

 

そして現在のイギリスも、リーマンショックやギリシャ危機を受けて、2010年より厳しい「緊縮財政」を敷いています。

・公務員賃上げ凍結
 
・大幅な福祉削減
 
・付加価値税率の引き上げ
 
・保護受給者への厳しい態度

 

これらの結果、またしても貧困が大きな問題となりました。

「制服や冬用コートを買えない子供のために、古着の寄付を募る」

「生理用品が買えない低所得層の生徒が、生理の時期に学校を休む」

こんな悲しい事態まで当たり前のように起こっているのです。

 

詳しく知りたい方は「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」を読んでみてください。

著者はイギリス在住の日本人。息子君はハーフ(ミックス?)。

イギリスの貧困と差別の実体を、子供の成長と葛藤を通して描いたエッセイです。

物語としても面白いし、この映画のようにイギリスのリアルな空気を感じられるので大変オススメです。

Yahoo!ニュース本屋大賞受賞も受賞しているそうです。(そんな賞あったんだ)

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

 

※もちろん日本でも苦しんでいる人はいます。ただイギリスは日本に比べて貧困に苦しむ層が格段に多く、社会問題化しているため、違いとしてあげました。

 

それにしても、イギリスが打ち出した政策(↓)をみていると、なんだか日本の数年後をみているようです。

公務員賃上げ凍結/福祉削減/増税/保護受給者への厳しい態度

福祉削減や増税こそ反発されてますが、

ちょっと前にはネットを中心に生活保護不正受給バッシングが盛り上がっていましたし、

未だに「公務員の給料を下げろ」という声も根強いです。(かなしい)

 

今イギリスでも、同じ動きが出ています。

失業保険、生活保護受給者への目は厳しく、中流家庭には「この人たちを我々の税金で養っていくのか?」と不満が高まっています。

そして政府はそれに乗じてさらに支給認定を厳しくし、補助額を減らしたのです。

特に厳しく削減されたのはシングルマザーと失業者でした。

(まさにケイティとダニエル・ブレイクですね)

 

※ちなみにあまり削減されなかったのは年金生活の高齢者だそうです。なぜなら与党の支持層だから。どこかで聞いたような話ですね…。

 

当たり前ですが、シングルマザーの全てが「自分勝手な怠け者」なわけありません。

壊れた靴が原因で子供がいじめられ、

新しい靴を買うお金のために母親が自分の身を売る…

ごく当たり前の生活保護が機能していれば、ケイティの悲劇は十分防げたはずです。

 

しかし、もしも今の日本で

「生活保護の審査を厳格化する」

「毎月自宅にチェックをいれ、贅沢をしていたら補助を減額する」

なんて厳しい方針が示されたら国民はどう思うでしょう?

喝采を送る人々は少なくないと思います。

 

「ケイティも日本に暮らしていれば平和に暮らせるのに」と、胸を張って言えるでしょうか…

 

公務員の質の低下

また、「公務員の給料を○%カットする」と発表されたらどうでしょうか?

個人的には悲しいけど、これもやはり大きな支持を集めそうな気がします…。

 

そりゃまぁ、家族が十分に生活できる給料はいただいてますし、多少下げても暮らしていけます。

ただ、僕は某専門職ですが、公務員に就職しようと思ったのは給与面も考慮してのことでした。

率直に言えば、もしも待遇面で魅力を感じなければ公務員にはならなかったということです。

 

今就職活動をしている専門職のイギリスの若者も、同じ思いかもしれません。

「より給与・待遇の高い方を選ぶ」のは、そんなに珍しくない考え方です。

現に日本でも、いくつかの専門職公務員は慢性的な人手不足です。

 

しかし専門人材はカネがかかりますが、「専門知識を学んでいない素人」なら安く雇えます。

その結果イギリスで起こったのが、あの映画のような「人件費不足」→「人減らし&安く民間委託」→「質の低下」なのでしょう。

 

たとえば映画冒頭で審査をしていた面接官(声のみ)は、とても専門家とは思えません。

おそらく競争入札で民間委託された法人が、バイトの素人あたりにマニュアル渡してやらせてるんじゃないでしょうか?

(なにしろそれが一番安くつきます)

 

日本の公務員はきっとイギリスの公務員より待遇がいいと思います。

業務量は部署によりますが、収入面は安定して「中の上」くらいはあると感じています。

(自分が専門職なので多少のプラスは付いていますが)

 

しかしだからといって「じゃあイギリス並に減らそう」「公務員の人件費は切り詰めて良い」という動きは危険だと思います。

給与を減らし人も減らせば、長い目で見れば絶対にクオリティは下がっていくんです。

 

もちろん個人的には給料下がっても頑張るつもりです。

困っている人に寄り添う仕事に誇りは持っていますし、アンのようになりたいと思っています。

…そういや就職するときは、公務員という仕事に誇りを持つとは思ってなかったですが(笑)

 

しかし、そんな「公僕の良心」に頼って費用も責任も放り出したのが、今のイギリスの状況ではないでしょうか。

 

もしかしたら遠くない未来

今の日本は、まだイギリスほど深刻な事態にはなっていないかもしれません。

しかし今後、日本でもこんな方針が打ち出されても不思議はありません。

「行政の人件費を減らす」

「保護の審査を厳格化する」

でもそれは本来、苦境に立たされた人の尊厳を守るために、皆で出し合ったお金なんですよね。

 

保護に頼ったダニエルは、決して怠慢だったわけではありません。

ケイティはだらしがないからシングルマザーになったんじゃなく、仕方なく離婚したのです。

信じて結婚した旦那に実は欠点があったなんて、良く聞く話です。

 

たしかに自己責任の精神は大切です。

でも今、日本も助けを求める人を切り捨てる社会になりつつあります。

「そんな人にお金をかけたくない。」という声がだんだん大きくなっています。

 

つい先日「生活保護の引き下げは違憲だ」と国を訴えた訴訟について、初の判決が出ました

結果は、引き下げは違憲ではないという判決でした。

その判決文の中で裁判所は「厚労相は、当時の国民感情や国の財政事情を踏まえて生活保護基準を引き下げた」から合法だと認めているのです。

 

 

日本って、こんな国になりつつあるんです。

この映画の描写は決して対岸の火事でありません。

「かつての栄光」、

「かつての繁栄」、

「かつては充実していた福祉」

そんな風に懐かしむ日は、決して絵空事ではないのです。

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