「亡くなった父のメッセージを息子が探す物語」ということで、だいぶ手に取るまで悩んでしまった一本でした。なんかこう、感動させてやろうっていう気配がみえみえで、どうも興が削がれるというか、あざといというか…。
いやー、いざ観てみたら面白かったわ!しっかり楽しめましたし、思ったより感動を押し付けてこなかった(笑)
71点
あらすじ
911の同時多発テロで、大切な父(トム・ハンクス)を亡くした少年オスカー(トーマス・ホーン)。ある日、父の部屋に入ったオスカーは、見たことのない1本の鍵を見つける。その鍵に父からのメッセージが託されているかもしれないと考えたオスカーは、この広いニューヨークで鍵の謎を解くため旅に出る。
yahoo映画より
予告編
予告編
僕はどーも捻くれてるのか、あからさまに感動させようとする映画を観ると、辛辣に揚げ足取りたくなるんですよね。特に若者向き恋愛映画や、お子様向き動物映画とか、ついつい攻撃的になってしまって…。
だからこの映画もあざとさが気になってなかなか手にとれなかったのですが、今回妻の観たいというリクエストも出たので、ついに観てみることにしました。
映画が始まるまで知らなかったんですが、主人公の少年はアスペルガー(自閉症)気味なんですね。正確にはアスペルガーと診断されたわけではないようですが、大きな音でパニックを起こしそうになったり、知らない人との交流が苦手だったり、生きづらさは抱えているようです。
要するに、対人関係においてすごく不器用な少年なんです。(ざっくり)
父親役のトム・ハンクスは言うまでもない安定感でした。うん、すごく安定。正直安定し過ぎて、彼が“明るく温かみのある父親”を演じるのは少々飽きてきたような気もしますが(笑)色々工夫をして息子が挑戦できる環境を整えてあげたり、いかにもいいパパって感じでした。
母親役のサンドラ・ブロックは疲れ切った母親っぷりがよくでていたなあ。不幸にも夫を亡くし、生きづらさを抱えた息子を支えきれない無力感に、体力も精神力もごっそり持っていかれた様子がよく出ていました。子育て疲れ中の嫁はだいたいあんな顔してました。
それと、間貸し人の爺ちゃんもいいキャラだったなー。筆談の独特の間合いが、とってもいいですね。うまい具合に非日常感をだせていて、こういうの映画の魅力だなーって思います。
亡くなった父親の部屋で見つけた鍵と“Black”というメモだけを手掛かりに、少年はニューヨーク中のブラックさんを訪ね歩くと決めたくだりには正直「???」という気持ちでした。だって、Blackって人名なの?普通に黒い金庫の鍵っていう解釈はないのー??と思っちゃって。
しかしこの物語のキモは別のところにあったんですね。「父親が残した謎はなにか」という点に頭が行ってしまいましたが、大事なのはそこじゃなかった。むしろ、少年が必死になってその謎にしがみついているに過ぎません。
亡くなった父親は絶対に戻ってこない。この謎も、おそらく解けない…。そんな中、物語がどういう結末を用意してくれるのか、楽しみに観てください!
ちなみにこの映画、アメリカ同時多発テロについて、アメリカ国民の意識を知るのに貴重な資料でもある気がします。
妻がこう言ってました。
「アメリカがテロを起こされて報復の戦争してる時、そんなことしなくてもって思ってた。でもあのビルの中にたくさん人がいて、その人たちの家族がああやって苦しんでいると思うと…報復したくなる気持ちもわかるなぁ」
僕にとっての9.11のイメージは『WTCに飛行機が突っ込む』に代表される衝撃映像でした。でもアメリカ国民にとっては、たくさんの人が理不尽な暴力で亡くなり、家族が苦しんでいるという悲痛の声こそが、9.11なんですね。
頭ではわかっていたつもりでも、アメリカ国民の悲しみの深さがどれほどのものか、心ではわかっていませんでした。むしろ、アメリカの報復行為で苦しむ途上国の難民ばかり憐れんでいて…。アメリカもまた被害者なんだな、とこの映画を観て感じました。
以下、ネタバレを含む映画の感想、タイトルの意味の自分なりの解釈です。
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ラストは意表を突かれましたねー。
いかにもお父さんと息子の絆!と見せかけて、まさかのお母さんの深い愛情という意外性がよかったです。みんなの少年への対応に「いやはや優しい世界だなあ」と苦笑いで観ていた自分が恥ずかしい!お母さんが陰でサポートしてくれてた、そして街中のブラックさんがそれに共感してくれてたんですね。素晴らしいやんけ…ホンマに優しい世界やったんや…。
お父さんが亡くなった後、お母さんの苦しんでる描写が可哀想だっただけに、感謝されることもなく、黙って努力していた事実に胸を打たれました。
自分も子育て世代だから痛感するんですけど、「いい親になろう」とすると、子育てって異常に精神力いるんですよね…。ある程度妥協してしまえれば、あるいはパートナーが「大丈夫、今の育て方でいいんだよ。最高の親だよ。」って言ってくれたら気が楽になるんですけど。
だから、このお母さんは二重の意味でつらかったと思う。旦那がとてもいい父親だっただけに子育てのハードルが上がってしまったし、「これでいいんだよ」って言ってくれる人がいないから。友人や同僚もいるだろうけど、こういうのは、一緒に住んでいる人が言わないと効果がないからね…。
だからサンドラ・ブロックの疲れ果てている演技が本当に秀逸でした。(それにしても、こういう時「大声で理路整然と思いのたけをぶつける」ってのはアメリカ流なんですかね?映画という媒体だからこその演出なんですかね?うちの奥さんだったらもっとボロボロ泣いたり黙り込んだりするけどなー。)
とにかく、そんな逆境の中でも母は頑張ってた、というところにこの映画の真価がありますね。しかもお父さん、おばあちゃん、おじいちゃんがストーリーに深く関わってくる中、お母さんないがしろにされすぎてて、だからこそ「やっぱりおかあちゃん一番がんばってたんや…!」と感動するわけです。とても温かい気持ちになれました。よかったよかった。お母さん報われた!
いやー、うちもちょっと奥さんに子育ての負担がかかってる気がするから、また有休とって、家事と育児を替わってあげなきゃと思いました^^;
…まさかとは思うけど、そこまで計算して「この映画観たい!」って言ってきたわけじゃないだろうな?
ニューヨークの第六区…のくだりは、なんだかスッキリしませんでした。僕が気付かなかっただけでなにか含みがあったのでしょうか?なぜあそこで「ブランコの裏だ!」と閃いたのか、どういう意図でブランコの裏に隠したのか?
宙に浮く?ひっかける?なぞなぞだったのか??わかる方教えてください…
さて、この映画のタイトルはいったい何を指すのでしょうか。
最後に登場する『報告書』が“ものすごくうるさくて ありえないほど近い”(Extremely Loud & Incredibly Close)と題されているわけですが、少年はなぜそう名付けたのか。
まずひとつ、ぱっと思いつくのは『お母さん』という答えです。まあ、男なら「ものすごくうるさくて」で即座に『母親』あるいは『嫁』という答えが浮かびますし。母親への感謝という展開から『ありえないほど近い』も十分に理解できます(Incredibly Closeは距離的な近さだけでなく、“信じられないほど好意的”といったニュアンスで受け取ったほうがわかりやすいかもしれません)。
でもなー。なんかなー。僕は、やっぱりあそこで出てくる報告書のタイトルが『母親』っていうのがしっくり来なくいんですよね。理系人間だからでしょうか??
いや、あれが報告書ではなくて、「お母さんへ」という意味の手紙である可能性も捨てきれないのですが、やはりあそこで作成するのなら『鍵』と『black』に対する報告書だと思うんですよ。
だとすると、いったいなにが相応しいのでしょうか。
自分の父が残した課題ではありませんでしたが、あの『鍵』と『black』の答えは『父親が息子に伝えたかったもの(をしまった箱を開ける鍵)』でした。
もしかしたら、「ものすごくうるさくて ありえないほど近い」とは『父親(そして両親)の気持ち』を意味していたのではないでしょうか?
一般的に「うるさい」という単語は母親に該当しそうな気もするけれど、生前の父親も少年に“挑戦”させようと、口うるさくはなかったでしょうか?自信のない少年にとって、それは時に煩わしく感じてしまうのではないでしょうか。
(僕もついつい息子に「ほら!!頑張ってみよう!できるって!」とけしかけてしまいます…)
“ちょっとうるさいけど、いつも傍にいてくれる…”
少年がこの課題研究でみつけた答えがこんなメッセージなのだとしたら、それはお母さんだけでなく、お父さんについてもそうであってほしいなと、そう思うのです。
遺品セールのブラックさんという“父を亡くした息子”を客観的にみることで、自分がどうあるべきか、父の想いはなんなのか、やっと思い至ったのではないでしょうか。
優しい気持ちになれるいい映画でした。
…僕の口うるささも、いつか子供にわかってもらえるといいなぁ(笑)
アスペルガーを描いた隠れた名作。
椎名誠、父と息子の交流を描く愛情と成長の物語。
コメント
深夜にこの作品がテレビ放映されたのを観た直後、感想や考察を求めてこちらにたどり着きました。
タイトルの謎?については様々なブログで取り上げられていますが、個人的には主人公の男の子の”心情”ではないかと思いました。
子供だから適切な言葉を知らない、もしくは大人でも、言葉で表現しきれない感情みたいなものがあると思うんですよ。
最悪の日に父親からかかってきた最後の電話がトラウマになった…それをふと思い出すと電話のベルがうるさい。
そして電話に出られなかった自分を責める自分の声がうるさい。
父親を失って心の距離が離れてしまったはずの母親はずっと信じられないほど傍にいた。(ブラックさん達への手回しなど)
亡くした父親との精神的距離が、鍵の謎に苦戦するほど離れて感じていたが(いつか父親との思い出や存在を忘れ去ってしまうのではないかというような恐怖)、様々な経験を経てその不安が和らいだ、もしくは無くなった。
そういった主人公の抱える色んなものなのかな、と。
これについては色んな考えがあると思います。
色んなものを克服した主人公が、生前に父親に出された6区を探すという課題の終着点として乗れなかったあのブランコにたどり着く。
途中のブランコの回想では、父親はブランコに乗ることを勧めていた。
それも、高く漕げそうだから…というような薄い理由でわざわざ位置まで指定して。
作中では何かと主人公が子供ながらに賢い描写があったので、色々とスッキリした後にふとブランコの思い出の違和感に気づいたのでしょうね。
そしてブランコに何か残されていないかと調べてメッセージを見つける。
父親は知らないだろうけど、主人公は謎を解くためにたくさん成長しました。
それを見越したかのような褒める言葉。
タイトルと同名の調査報告書を読む母親は息子がもう大丈夫なんだと安心し、主人公も怖がらずブランコを勢いよく漕ぐ。
父親を失って止まってしまった人生がこうしてまた動き出した…。
…ブランコの裏…としても、悪天候などでふやけたりして読めなくなってしまうのではないか?という疑問はありましたが、深夜帯で眠いながらも夢中で観れた良い作品だなと思いました。