俳優陣のリアリティあふれる演技が素晴らしい!華がないけど、味がある映画とでも言いましょうか。最後には暖かい気持ちになれる人間賛歌でした。
あらすじ
シングルマザーとして一人娘を育てる白人の中年女性シンシア。ある日彼女の元に、「自分は養子に出されたあなたの娘だ」と名乗る黒人女性がやってくる…。
予告編
華がないけど味がある
この映画、俳優陣がなんとも地味というか、華が無いというか…。いわゆるハリウッドスターのようなカッコいい男性も美しい女性が全然出てきません。
普通こういう家族モノの映画だったら、人気のあるイケメン俳優があえて地味なお父さんを演じてみたり、あるいは「三枚目だけど、どこか魅力的」な俳優を配したりするでしょう。もちろん娘役には売り出し中の若手女優をキャストしたり。
そういうのが一切ありません。ちょっとクセはあるけども、いたって普通レベルの顔の俳優ばかりです。
でもそれがいいんですよね。
整いすぎてない顔だからこそ、つくりものっぽさがない。まるで知人の家庭のようなリアリティがあるし、なにより演技力優先で選ばれただろう俳優陣がとってもいい!ちょっとした仕草、表情、声のトーンとかいわゆる「台本に書かれていないこと」で登場人物の心理をよく語ってくれます。
物語は中年女性のシンシアが核になって動いていきます。しかしこれがまた、困った人なんです。自分のことしか考えていない短絡直情型の人間で、そのくせ他人にべったり依存するタイプ。周りの人を不快な気分にさせる人間です。
一緒に暮らす娘には、今日はどこへ行くの彼氏とはどこまで仲良くなったの避妊はしてるの!?と過度に干渉してばっちり嫌われています。
時折様子を見にくる実の弟に精神的になよなよと依存しきっており、弟嫁にもすっかり嫌われています。当然、弟の表情にも疲れの色が見えます。
娘として名乗り出てきた黒人女性への対応は、保身ばかりで誠意が感じられず、観客をイライラさせます。
まあ、とにかく関わる全ての人をイライラさせる女性です。
始終最低な彼女に、観てるこっちもイライラとしてしまいます。でも…、これまた困ったことに、最後はなんだかほっこりして、「いい話だったなあ」なんて思っちゃったんですよ(笑)
ラストカットがね、本当に素敵なんです。
すごいよなあ、こういうの。
脚本無しの素晴らしさ
映画を観終わってから知ったのですが、この映画なんと脚本がないそうです。
つまりセリフは一切無く、役者のアドリブだけで構成されているということ!監督と役者が登場人物の心理について入念に話し合い、その人に心からなりきって演じたそうです。
これ、本当にすごいことです。
以前、同じように『脚本なしのアドリブのみ』を謳ったアマチュア劇団の芝居を観た事があるんですが…。正直、どうも残念な出来だったんです。
わいわいと自由に話す様子はたしかに脚本っぽさは感じませんでした。
でも、その言葉は脚本家が考え抜いた台詞と比べてしまうと、非常に軽い。無駄が多い。ぺちゃくちゃ喋っている割には、ぐだぐだとどうでもいいことばかりの2時間でした。
そして困ったことに、ぎこちなく不自然だったんですよね…。
あえて『脚本なし』の芝居を作る目的は、もちろんよりリアルな演技を追及するためです。
映画ではあらかじめ決められた台詞を観客に聞きとりやすいように届けるものですが、それってどうしても僕らが日常している会話と比べて「わざとらしい」ものですからね。
でも、台本なしの雑談をしながらも、「どうにか物語を進行させよう」と役者の焦りが入ると、なんだかわかるんですよね。「あ、今この人物語を進行させようとしてる」って。
観客も人間ですから、急に芝居じみた下心がでると、微妙にばれちゃうんです。
リアルさを追求したら、逆に不自然に!まったくもって本末転倒ですね。
その点この映画は本当に素晴らしかった!
『脚本なし』の魅力である“役者から台詞がこぼれてくる感じ”はとってもリアリティがあり、台本っぽさ、映画っぽさを感じさせませんでした。もちろん不自然な態度になることもなく、実在する2人の人物がテーブルに座っておしゃべりしているかのようでした。
お気に入りは弟夫婦の家でバーベキューをするシーン!
溢れるような歓談のセリフと、どこか緊張感を伴うぎすぎすした雰囲気を見事に両立しています。
当然ですが、僕が観たアマチュア劇団とは、役者の技量が違うのでしょうねぇ。
ただ、やっぱり気になる点はあります。
練りこまれた脚本じゃないからか、冗長というか、展開が遅いと感じるのは否めませんでした。特に最初の一時間弱は、ろくに物語も動かないし、やや退屈でしたね。
映画自体も140分と少し長めで、あと30分短くてもよかったかな?写真館の仕事のシーンや、帰ってきた元写真館の男のシーンは、いらなかったかな?とも思います。
ここは好みが別れてしまうかもしれません。
妻はお気に召さなかった様子
ところで、一緒に観ていた妻が、映画が終わってからなんとなく不満そうでした。
好みじゃ無かったかな?と聞いてみると「いい映画だとは思うんだけど、シンシアにイライラしすぎて好きになれない…」とのこと(笑)
なるほど、普段から他人への気配りを大切にする妻には、自分のことしか考えていない中年女性の振舞いが許せないようです(^^;
いや、気持ちはわからなくもないが…実在の人物でなく役者が演じてるんだぞ、フィクションだぞ!?と心の中でツッコミつつ、シンシアに対しぷりぷり怒っている妻に笑ってしまいました。
リアリティを追求した副作用でしょうか?
いやはや万人に愛される映画というのは難しいもんです(笑)